江戸の女性は派遣の先駆けです!江戸時代の「下女」の仕組み。休暇や給金、「女中」との違いは何? (2/4ページ)

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そして自分が食事を作る役割で雇われるとしたならば、その家の食材や使用する量によって働きづらくなることもあったため、気に入らなければ断ることもあったとか。

雇い主も気に入れば翌日から住み込みで働き始め、10日ほど経ったら「請状」という契約書を取り交わして、ようやく本採用となったのでした。

現在の派遣制度と、大筋はほとんど同じですね。

休みや給金は?

奉公人は士農工商で分かれ、ざっと下記のようになります。

・終身奉公…生涯を通じて奉公する。一般に武家などの世襲の奉公に多い。
・年季奉公…1年を越える年数を決めての奉公。徒弟奉公はその例。
・出替(でかわり)奉公…1年または半年の期間を決めての奉公。前者を一年季、後者を半

季の奉公といい、期限がきて奉公人が入れ替わるのを「出替り」という。

・日傭取り…1日や短期間の就労。現在の日雇労働者。

この記事では主に商家の下女を中心に記述します。基本、年季奉公か日雇いですが、安定した生活を望むのならば概ね年季奉公だったといえるでしょう。

給金は時代によって変わりますが、江戸中期頃で、男性は年3両、女性は1~2両。日雇の日当は大体150文から200文程度。

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