敵将に一騎打ちを要求!侍女34人の”女軍”を率いて毛利軍と戦った戦国時代の女傑「鶴姫」の活躍 (4/4ページ)

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宗勝の反応を受け、鶴姫は持っていた太刀(三村氏秘蔵の名刀・国平)を宗勝に渡し、死後を弔ってほしいと願い出た後、常山城に撤退。

その後は南無阿弥陀仏を念じ、短刀を口にくわえながら、そのままうつ伏せになって絶命しました

生き残った侍女たちも後を追うように自害したといわれています。

鶴姫の最後を見届けた隆徳は、切腹して命を絶ちました

最後に

常山城跡にある女軍の墓/Wikipediaより

最期まで武士としてあろうと毛利氏に対抗した鶴姫。

ここまでの徹底抗戦を断行したのは、父・家親より太刀や薙刀などの武芸を仕込まれ、男勝りの女性として育てられた背景があったことがうかがえます。

結局のところ、毛利氏に大打撃を与えることはできませんでしたが、三村一族の気概を見せつけることはできたと考えてしまいます。

ちなみに、常山城は現存しておりませんが、常山城跡の山頂付近には鶴姫や34人の侍女を祀った「女軍の墓」が残されています。

参考:楠戸義昭『戦国武将の本当にあった怖い話 』‎2013年、三笠書房

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