天皇が敬遠するほどの堅物!?源倫子の父・源雅信(演:益岡徹)は実際どんな人物だったのか?【光る君へ】
みなさんは、2024年の大河ドラマ『光る君へ』をご覧になっていますか?主人公・まひろ(紫式部)が参加したサロンは源倫子(みなもとのともこ・みちこ・りんし)のものでしたが、
黒木華が演じる「源倫子」夫・藤原道長をサポートしなんと90歳まで生きる【光る君へ】今回の記事では、倫子の父・源雅信(みなもとのまさのぶ・まさざね)に焦点をあててみたいと思います。「光る君へ」では、益岡徹さんが演じています。
源雅信ってどんな人?ざっくり解説!
源雅信は、920年(延喜20年)に宇多天皇の孫として誕生しました。936年(承平6年)、16歳のときには、源氏姓を賜って臣籍降下(しんせきこうか)し、宇多源氏の祖となりました。
雅楽、和琴、和歌、蹴鞠などに秀でていた藤原穆子を妻とし、彼女が生んだ娘が源倫子です。
出自も相まって、どんどん出世臣籍降下したものの、彼の出自も相まって、どんどんと出世をしていきます。従四位下、侍従、右近衛権中将、蔵人頭、参議と進み、円融天皇の即位をきっかけに、さらにそれに拍車がかかります。
円融天皇の信頼を得て、さらに出世スピードを上げます。中納言、大納言、右大臣、左大臣まで昇り詰めていきます。
ちなみに、右大臣よりも左大臣の方が上ですので、当時の右大臣・藤原兼家(道長の父)は焦ったと考えられています。
源雅信の人間性がわかるエピソード源雅信は、真面目で堅物だったと言われています。そんな彼の性格がわかるエピソードがあります。若いころ、侍従として村上天皇に仕えていたのですが、村上天皇は「(源雅信は)仕事中には公務の事しか口にしない堅物」だと敬遠されたといいます。
源雅信は、父が琵琶に秀でていたのですが、その才能を受け継ぎ、音楽にも才能がありました。また、和歌や蹴鞠も上手だったと言います。
また、『大鏡』によると、日課として「南無八幡大菩薩 南無金峯山金剛蔵王 南無大般若波羅蜜多心経」という念誦を毎日百回ちょうど行っていたそうです。
また、娘・倫子と道長の結婚は、正室・藤原穆子の強いすすめによって行われましたが、源雅信はそれで良かったのか確信が持てないまま亡くなってしまいました。しかし、倫子は藤原彰子を生み、その後の藤原氏の繁栄のきっかけとなったため、人々は正室・藤原穆子の判断が正しかったことを知るようになります。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
トップ画像 左:大河ドラマ「光る君へ」公式サイトより
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