18歳の娘に”火あぶり刑”…恋しい人に会いたい一心でとんでもない行動に出た「八百屋お七」の末路 (2/2ページ)

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もう一度会いたい!その一心で……

天和3年(1683年)3月、八百屋お七は驚きの行動に出ます。それは、「もう一度火事になれば庄之介にまた会える」と考え、なんと家の近くで放火してしまうのです。

近くの人がそれに気付き、火はすぐに消し止められましたが、お七は逮捕されます。

事件後、彼女は……

逮捕されたお七は、鈴ヶ森刑場で火あぶりに処されました。このとき彼女は18歳。

実は、当時は17歳以下であれば極刑は免れることになっており、奉行は彼女の刑を軽くするため、「17歳だろう?」と彼女に問いますが、お七はその意味がわかっておらず、素直に「18歳です」と答えたと言います。

ちなみに、この事件の3年後には井原西鶴の『好色五人女』で物語が取り上げられ、一気に知られることになりました。その後も、浄瑠璃や歌舞伎の演目にもなっています。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。

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