日本が近代国家へと変貌を遂げた第一歩「大政奉還」がなされた背景とは!?【幕末をわかりやすく】 (2/3ページ)

Japaaan

薩長同盟、実は「倒幕はしない」同盟だった!?真の目的と本当の敵は誰だったのか?

そこには、長州征伐が始まった場合の薩摩藩の行動や薩摩藩が朝廷に対して行うべきことを規定していました。

「薩長同盟」締結の後、第二次長州討伐が決行されますが、幕府軍は長州藩に打ち破られます。その途中で、14代将軍徳川家茂(とくがわいえもち)が死亡。次第に、幕府にとって状況が悪くなりつつありました。

邨田丹陵 作『大政奉還図』

幕府は、「大政奉還」を行うことにより、尊皇攘夷派の不満をそらし、倒幕派に対して先手を打とうとしたのでした。

慶喜としては、この「大政奉還」の後、天皇の下に、徳川を含めた各大名による合議体を作ろうとしていました。ところが、薩摩の大久保利通や公家の岩倉具視らは、幕府を武力で倒し、徳川の力を完全に奪い取ろうと考えていました。

12月、西郷隆盛率いる薩摩の兵が、御所を取り囲みました。

「日本が近代国家へと変貌を遂げた第一歩「大政奉還」がなされた背景とは!?【幕末をわかりやすく】」のページです。デイリーニュースオンラインは、大政奉還幕末江戸時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る