日本が近代国家へと変貌を遂げた第一歩「大政奉還」がなされた背景とは!?【幕末をわかりやすく】 (3/3ページ)

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公家や、薩摩よりの大名に囲まれた天皇は、『王政復古の大号令』を発します。

1868年、薩摩と長州を中心にした倒幕軍と幕府軍の戦いが始まりました。鳥羽・伏見の戦いを経て、いよいよ江戸も戦場となるという直前のところまでに情勢が悪化しました。

ところが激戦になると予想された江戸での戦いは、勝海舟と西郷隆盛の会談で、回避され、江戸城は無血開城されたのです。

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その後も幕府軍は懸命に戦いましたが、彰義隊の戦い、会津戦争、函館五稜郭の戦いで、ついに完全に敗北しました。五稜郭の戦いで戦死した幕府軍のなかに、新撰組の土方歳三がいます。

こうして全国を平定した新政府は、中央集権国家の樹立を目指し、廃藩置県、学制の整備、地租改正、徴兵令といった政策を次々と打ち出していきました。ようやく、日本は近代国家として生まれ変わったのでした。

参考

久住 真也 『王政復古 天皇と将軍の明治維新』講談社現代新書、2018 町田 明広 『薩長同盟論: 幕末史の再構築』人文書院、2018

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