幕末の「江戸城無血開城」はウソ!城は焼け、庶民も被害を被った薩摩による「攻撃」があった (3/4ページ)

Japaaan

この、江戸の街での強盗・略奪を指揮した人物の一人が相良総三です。彼は江戸の薩摩藩邸に無法者たちを雇い入れ、江戸の町で民間人を襲うよう指示しました。

相良総三が斬首された地に建つ下諏訪の「相良塚」(Wikipediaより)

この時のターゲットは幕府関係者に限られていました。しかし、実際には幕府とは直接関係のない商家も強盗や放火の被害に遭っています。特に日本橋は被害が大きく、11月14日には両替商が1万5千両を奪われるなどしました。

火災と暴走

こうして江戸の町の治安は悪化します。決定的な事件となったのは江戸城の火災です。12月23日、江戸城の二の丸御殿のあたりで火災が発生し、二の丸全体が焼け落ちたのでした。

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