母と妻を実験台に…江戸時代、人体実験で医学の進歩と引き換えに家族を捧げた医者「華岡青洲」 (2/3ページ)
彼が掲げる信念は、ひとりでも多くの患者を救うこと。しかし、当時の医療では、大掛かりな手術は患者への負担が大きいことから非常に困難なものでした。
華岡青洲が、この問題を解決する糸口として注目したのが「麻酔」です。
母と妻の選択華岡青洲が開発した麻酔方法は、曼陀羅華(別名:チョウセンアサガオ)など数種類の薬草を配合した麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」を内服するというものでした。
華岡青洲は「通仙散(つうせんさん)」の開発に幾度とない動物実験を繰り返し、母・於継と妻・加恵の協力による人体実験を行っています。
麻酔の実験は非常に危険で、最悪の場合死に至るケースも珍しくありません。それでも、母・於継と妻・加恵は、華岡青洲を信じて麻酔開発の協力を申し出たのでした。
その結果、麻酔の量が多すぎたことが原因で、妻・加恵は失明。このような不運な事故に見舞われながらも「通仙散(つうせんさん)」を開発した華岡青洲は、1804年に世界で初めて全身麻酔を用いた乳がんの手術に成功しています。