ナメていた旧幕府軍…幕末の「鳥羽・伏見の戦い」で新政府軍が圧倒的戦力の旧幕府軍に勝利した理由【前編】 (3/3ページ)
しかし彼らも全員が小銃を手にしており、刀を持っている者は一人もいませんでした。禁門の変で近代兵器の前になすすべもなかった彼らも、西洋式の訓練を受けた軍隊へと変貌していたのです。
一方、新政府軍の兵隊は寄せ集めに過ぎませんでした。6千人の兵のうち、実際に戦ったのは1500人程度とも言われています。
また、当時の薩長の主力だった小銃は、当時としても既に時代遅れの感があったミニエー銃でした。
ミニエー銃の一種である1851年型ライフルマスケット(Wikipediaより)
幕府軍もミニエー銃を使ってはいたものの、連射が可能なシャスポー銃も大量に配備されていました。幕府は、薩長が持たないこの最新鋭の銃を、フランスからなんと無償で2千挺も提供されていたのです。
ミニエー銃とシャスポー銃の性能の差は明らかでした。新政府軍のミニエー銃は弾丸を前から装填する、いわゆる先込め式。一方のシャスポー銃は後部から装填でき、連射性も高かったのです。
こうした点だけを見ても、実は質・量の両面で、旧幕府軍は新政府軍を上回っていたことが分かります。
それでは、なぜ新政府軍は圧勝してしまったのでしょうか。鳥羽伏見の戦いの、この最大の謎については【後編】で解説します。
参考資料:
日本史の謎検証委員会『図解 幕末 通説のウソ』2022年
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