戦に怖気づいた彰義隊…新政府軍が主導権を握り支配を盤石にした重要な戦い「上野戦争」【後編】 (5/6ページ)

Japaaan

靖国神社の大村益次郎像

つまり、彰義隊の敗因は、そもそも軍隊としての体をなしていなかった点にありました。彼らは本当の戦闘に至ったところで、よりにもよって怖気づいてしまったのです。

大村益次郎という人は天才軍師と言ってもよく、彼の計算した通り上野戦争は一日もかからずに決着がつきました。犠牲者数は新政府軍がおよそ百人、彰義隊はおよそ二百人だったといいます。

この戦闘によって上野は火の海となり、焼け野原になったところも多くありました。あっさり決着がついたとはいえ、非常に激しい戦闘だったのです。

上野戦争を経て江戸の町を掌握

幕府を代表する彰義隊を破ったことで、新政府軍は勢いづきます。この勢いにのって徳川家の駿河移封も公示され、江戸の庶民たちも、もう江戸幕府の時代は終わったことを悟ったことでしょう。

実際、新政府軍は既に江戸を完全に掌握していました。

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