我らが愛しのミスタープロ野球・長嶋茂雄「爆笑伝説&勝負師素顔」88連発【画像】「永久に不滅」の名言集
病と闘う“国民的英雄”が88歳になった。太陽のように我々を照らし、勇気と元気をくれたヒーローの足跡を回顧。
2月20日は、日本プロ野球が誇る国民的英雄、長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督の88回目となる誕生日。監督在任中は、キャンプ地・宮崎で祝福されるのが恒例行事。96年には、報道陣から“赤いちゃんちゃんこ”を贈られた。
■巨人のキャンプは松井秀喜が臨時コーチ
「今年の巨人のキャンプは、松井秀喜氏が臨時コーチを務めていますが、松井氏はひむかスタジアムに訪れると“懐かしい!”と大声を上げていました。長嶋監督と『4番1000日計画』を掲げて練習した球場ですからね」(スポーツ紙デスク)
球春のこの季節、長嶋監督の精悍なユニフォーム姿を思い出すが、今回は体調快復を願い、ミスターが「初めて迎える」米寿の節目を、盛大に祝いたい。時代を超えて愛され続ける“永久に不滅な”エピソードの数々を、関係者の証言とともに届けよう。
■努力の人「暗闇の素振り」
まずはプロの矜持である“負けず嫌い”の伝説から。立教大時代から“天才”の名をほしいままにしてきたミスターは、その一方で外にはけっして見せない“努力の人”でもあった。試合から帰るや、真っ暗闇の自宅地下室に籠もって連日、素振りをし続けていた逸話は、よく知られる。
「元投手の故・倉田誠さんから聞いた話ですが、遠征中の宿舎では、同部屋の選手がミスターの“暗闇の素振り”に遭遇することがよくあったそう。しかも、知らないフリをするのが暗黙の了解。下手に顔を上げると当たりそうな距離で黙々とやるから“こちらは終わるのをジッと待つ以外なかった”とか」(スポーツジャーナリスト)
■ゴルフ場でカレーを
そんな素振りを「自己暗示よろしく、一人で実況しながらやるのが常だったらしい」と証言するのが、当のミスターと親交の深い芸人・せんだみつお氏。ゴルフをともにしたことは数知れずで、爆笑エピソードも山ほどあるという。そろって昼食を取った際には、こんな珍事もあった。
「あるとき、長嶋さんが何かの定食を、他の人がカレーを頼んでね。その人がトイレに立った間に運ばれてきたカレーを“ここのカレーは旨いんだよ、せんちゃん”なんて言いながら、自分のライスにかけちゃった。トイレから戻ったその人の前には半分しかないカレー。横で長嶋さんは“やっぱり、これ最高よ”って。悪気が全然ないから、誰も何も言えないんだよね(笑)」
■横浜でなく千葉まで行ってしまい
また、あるときはゴルフ場の場所を勘違い。本来の横浜でなく、ミスターだけが一人、千葉まで行ってしまったことがあった。
「運転手さんが急いでトンボ返りして横浜まで着いたはいいけど、僕らはもうスタートしちゃっててね。そしたら長嶋さん、見ず知らずの後続グループに“入れてくれ”って。言われた側も、あの長嶋さんと一緒に回れると大喜びしたそう(笑)」(せんだ氏)
■「バント高田」事件
ミスターの“自由奔放”ぶりは、ユニフォームを着たグラウンドの中でも。監督時代、バントの構えのまま、代打・高田繁の名前を告げた「バント高田」事件は、今も色あせないミスター伝説の定番だ。
■サイン無視で高額な罰金
「現役当時も、サインの見落としなど、うっかりの常習犯。“待て”のサインもお構いなしに快音を響かせることが、よくあった。
当時の巨人でサイン無視は“罰金刑”。絶好球が来ると、つい打っちゃう長嶋さんは、たびたび高額の罰金を払ったと聞いています」(前出のジャーナリスト)
■「歌舞伎の動きを参考にした」華麗な守備
また、本人いわく「歌舞伎の動きを参考にした」という独特で華麗な動きの守備でも、三遊間を組んだ名手・広岡達朗氏が「シゲは俺の所にまで捕りに来よって」とボヤくほどの奔放さ。そんな、悪気なく“おいしいとこ取り”をしてしまうミスターと職人気質の広岡氏の間には、“不仲説”もまことしやかに囁かれた。
■広岡達朗と不仲の真相
当の広岡氏に「事の真相を確かめたことがある」と、せんだ氏が明かす。
「ご本人は“全然そんなことはない。むしろ助かっていた”と笑ってらっしゃいましたね。“逆に一度だけ、シゲのほうから頼んできたことがある”とも。
なんでも前日飲み過ぎて足が動かないからと、“今日はサードゴロもよろしくお願いします”と言ったとか(笑)」
■大久保博元の証言
試合中の“迷言”では監督時代に、こんな話も。92年7月30日、敵地での阪神戦。証言してくれたのは、西武からの移籍初年度でマスクを被った“デーブ”こと大久保博元氏だ。
「石毛(博史)の連続四球で一打サヨナラという場面で内野陣がマウンドに集まったところへ、ベンチから監督が格好よく小走りでやって来てね。何を言うのかと思ったら、“ここで1点取られたら負けだぞー、分かったなぁ?”とだけ言い残して帰って行った。試合ですか? 結局、押し出しで負けましたよ(苦笑)」
■真っ向勝負が信条
ちなみに、ふだんは温厚なミスターも、ひとたび試合になれば激情家の一面も。デーブ氏が、その怒りに触れたのが翌93年5月3日。本拠地での広島戦だ。
「事前のミーティングでコーチの山倉(和博)さんらから“監督の言うことは聞かなくていい”と言われていたから、その通りにしていたら、ベンチから監督が何度も僕を呼ぶんです。最初は聞こえないフリをしていたけど、そのうち痺れを切らして“コラァ! こっち向け、アンポンタン!”って。どうも初球をカーブから入ったのが気に入らなかったみたいです」
マウンドの宮本和知はタテ・ヨコ2種類のカーブを駆使して、カウントを組み立ていく技巧派タイプ。カーブのサインも山倉コーチからの指示だった。
“江藤(智)には真っすぐだ!”と監督が叫ぶから、その通りに真っすぐを要求したら、見事に逆転3ラン。捕手の僕に聞こえるってことは、当然、打席にも聞こえている。打った江藤本人も“真っすぐで本当にいいんですか?”と笑ってましたよ。ただ、ベンチに戻ったら、監督は“それでいい”と満足げ。さすがだなぁ、と思いましたね」
■ガッツあふれるデーブが大のお気に入り
気迫のないプレーを、しばしば「スカートをはいて野球をやっている」とも表現したミスターは、ガッツあふれるデーブ氏が大のお気に入りだった。
翌年9月10日の同じ広島戦。三振を喫した氏が悔しさのあまりバットをヘシ折った際には、怒るどころか「いいぞ!」と肯定してくれたという。
「ベンチ裏で当たり散らしていたら、そこに監督が来て、ひと言。“おーい、ぶーちゃん、いいぞ!”って。逆に、それ以来、モノに当たったりするのは、やらなくはなりましたね」
そんなミスターは「監督にとってデブはみんな、ぶーちゃん」(デーブ氏)と言うほど、“人の名前を覚えない”ことでもおなじみ。前出のせんだ氏は、ミスターの信頼も厚い自身の後援会長と、その娘さんにまつわる秘話を明かす。
「後援会長の娘さんは、東日本大震災後に生まれたんですが、長嶋さんが“希望の光になってほしい”と“ひかり”と命名したんです。ところが、名づけ親である当の長嶋さんは、その子に会うたび、なぜか“あかりちゃん”と間違えて呼ぶ。しまいには“ひかりとあかり、よく似てますね。誰がつけたんですか?”なんて言いだして、みんなでツッコミましたよ。“いや、長嶋さんですよ!”って」
■本気か冗談か!?天才の言動
もちろん、かつての“教え子”でも、それは同じ。ミスターのご指名で各地の野球教室に同行することもあったせんだ氏は、こんな光景も目撃している。
「約束の時間まで少し時間があったから近くの神社にお参りでもしよう、となってね。そしたら犬の散歩で偶然通りかかった柳田真宏さんが、こちらに気づいて挨拶をしに来てくれて。巨人の4番も張った方だから、当然僕はすぐ分かったけど、長嶋さんは“何、せんちゃんのお知り合い?”。それどころか、柳田さんの肩を触って“いい身体してますねぇ。何かスポーツをやってたんですか?”って(笑)」
とはいえ、サービス精神旺盛なミスターのこと。どこまでが本気で、どこからが冗談なのかの判別が難しい場面も多々あった。
■徳光和夫「結婚式で…」
徳光和夫氏は、自身が司会を務めた、とある結婚式でのミスターとのやりとりを述懐する。
「その式では長嶋さんが乾杯の発声をされる予定だったんですけど、体調を崩されて、やむなく途中で帰られることになったんです。後日、“あのときは大変でしたね。熱は何度だったんですか”と聞いたら、返ってきた答えは“3割7分8厘”。ご病気をされたあとで、口調も滑らかとはいかない中でも、サラッと茶目っ気を見せてくれる。報道陣に対しても、そういう部分はあったはずです」
■熱海の秘宝館ギャグを
一方、せんだ氏は、ミスターが自らギャグを放つという激レアすぎる場面にも立ち会っている。実は歴史や絵画が好きだというミスターが、美術館を話題にしたときのこと。
「“ルーブルはいいですね。上野の西洋美術館にも一度行ったことがあります”に続けて、ちょっと間を置いて、“でも、やっぱり一番は、あそこですね……熱海の秘宝館”って(笑)。言い終わったあとで、自分でも照れながら“せんちゃん、今の、どう?”なんて聞いてくるんですから、もう、たまんないでしょう!」
■映画が苦手
ちなみに、同じ娯楽でも大の“せっかち”であるミスターは映画が苦手。ミスターが、せんだ氏と友人と3人で映画館に行った際には、上映開始から10分もしないうちに退場してしまったという。
「名探偵ポワロが主人公の映画だったと思うけど、追いかけて“どうしたんですか”と聞いたら、“もう(犯人が)分かった”と。おそらく、その場でジッとしているのに耐えられなくなったんだと思います。ふだんから本当にせっかちで、ゴルフ場で一緒に風呂に入ったときも、防水仕様の電気シェーバーを片手に持ってヒゲを剃りながら、もう一方で同時にシャンプーもしていて、ビックリさせられましたしね(笑)」
■関係者が口をそろえる“勝利への執念”
多くの長嶋伝説があるが、関係者が口をそろえるのが、ミスターの“勝利への執念”だ。せんだ氏は、そんな“勝負師”の一面をゴルフ場で目撃している。
「午前中のラウンドが終わって僕らがレストランに行くと、なぜか長嶋さんだけ、その場にいない。どこに行ったのかと探したら、食事もそっちのけで一人で、ずっと練習してたんです。実際、ゴルフもお上手。スコアもコンスタントに70代後半とかでしたしね」
ミスターは人を楽しませるだけでない。もちろん、勝負に勝ってきたのだ。
「松井秀喜臨時コーチは“ジャイアンツが創設したときからDNAみたいなものは変わらない。常に強くあれということですから、勝たなくてはいけない”と語っていましたが、これは長嶋さんが繰り返し選手に言っていたことと同じ。やっぱり、ミスターの精神性は巨人に浸透しているんです」(前出のデスク)
ミスターと現在も親交があるせんだ氏によれば、「誌面に出ることは報告済み」。「掲載誌を持ってこい」とも言われたとか。
本誌にとっても長嶋茂雄は、永久に不滅です!
■グラウンドの外でも!英雄・長嶋茂雄伝説
★長嶋と同じ2月20日が誕生日の著名人が、アントニオ猪木と志村けん。
★好きな歴史上の人物は二宮金次郎。好きが高じて上北沢の豪邸の庭には二宮金次郎の石像を建てた。一茂は小学生のとき、ベランダに水をためてニシキゴイを飼育していた。
★その豪邸を建てた際、巨人入団時にもらった契約金1800万円をおろそうとしたが、どの銀行に預金したか、忘れてしまった。
★上北沢から田園調布に引っ越し後、その豪邸は中曽根康弘元総理が借りて住んだ。総理の大家が長嶋。
★「好きな四文字熟語を書いてください」と渡された色紙にスラスラと「長嶋茂雄」。
★親しい新聞記者に子供の命名を頼まれ、「茂雄」の名を提案した。
★ホテルでチェックインする際、職業欄に「長嶋茂雄」と書く。
★郵便物は住所の欄に「大田区 長嶋茂雄」と書くだけで届く。
★飛行機の中でうっかり喫煙。客室乗務員から「No Smoking!」と注意されると、慌てて自分の腕にタバコを押し付けて消した。
★目の色が、とてもきれい。篠塚和典いわく「緑」、定岡正二いわく「茶色」。
★みんなで食べるために大皿に盛られたフグ刺しを、箸でガサッとまとめて一気に食べてしまう。
★みんなで食べるために、きれいに三角形に切られたスイカを、甘い頂点の部分だけ、すべて食べてしまう。
★試合中のベンチ内でも、よく食べていたのはバナナ。でも、一口食べたら捨ててしまう。
★サンドウィッチはハムだけを取って食べる。
★金田正一いわく「よく雀卓を囲んだが、麻雀のルールを知らなかったんじゃないか。上がったのを見たことがない。負けても笑ってるから文句はないが」。
【画像】「永久に不滅」の名言集
