報復・見せしめに遺体を野ざらし!?幕末期の会津戦争における残虐行為の真相を検証する【前編】 (2/3ページ)
それらの残虐行為のひとつとして有名なのが、見せしめとして行われた会津兵の「死体放置」です。
これは、9月に会津戦争が終わってからも、新政府軍は約三千人の会津兵の遺体の埋葬を半年以上も許さなかったというものです。
新政府軍にとって会津兵たちは逆賊だったので、罪人として見せしめにしたとされています。
新政府がこのような措置を取った理由は、分からなくもありません。長州藩は禁門の変で会津藩からやっつけられているので、その報復と考えれば説明がつくでしょう。
しかし、この通説はそう単純ではなかったらしいことが、最近では分かってきています。
新史料発見と残る謎この通説の再考を促す歴史史料が見つかったのは、2016年12月のことでした。
会津市の博物館に寄贈された史料の中に「戦死屍取始末金銭入用帳」というものがあったのです。これは作者不詳ではあるものの、当時の会津兵の遺体の埋葬について詳しく記録されていました。