雪面から突き出た腕、上半身裸の遺体…遭難者たちの怪しき最後。明治時代に起きた謎の遭難事件とは? (2/4ページ)
新潟県の山の4月といえば残雪期と呼ばれ、まだ雪はたっぷりと残っており、雪が緩むと雪崩などに注意しなければならない時期。春はクマがまだ巣穴から出るか出ないかですが、当時高級品であった「クマノイ(クマの胆嚢)」を目的にクマ狩りに出たようです。
発見した現場の様子が異様だったため、捜索隊は凍り付いたといいます。仮小屋の中では1人の猟師が片袖を脱いだまま火床に突っ伏して亡くなっており、もう1人は小屋から1町(約109m)ほど離れたところに仰向けで亡くなっており、他の3名はさらに2、30間(約36m~約54m)ほど離れたところで、やはり仰向けになって亡くなっていました。
雪の中で最初に発見された遺体は雪面から人を招くように右手だけ突き出ており、その手だけが紫色に変色していました。外で亡くなっていた人たちには外傷はないものの、なぜか皆が上半身裸でした。5人は互いに助け合った様子もなく、ただぽつぽつと散らばって死んでいった様子でした。また、遺体が野生動物に食べられた様子もなかったのでクマに襲われたわけでもありません。
小屋の中で亡くなっていたのは猟師の中心的存在の人物で、小屋には米が1斗(約15キロ)とお粥の残りがあり、食糧は十分あったので餓死したわけでもありません。壁には鉄砲も熊槍も立てかけてあり、5人が争った形跡はありませんでした。