初期の明治新政府を運営したのは薩長ではなく公家だった!~ 公家による政治運営から内閣制度発足まで【前編】 (3/3ページ)
公家は千年以上にわたり日本の諸侯や朝廷を支えてきた存在で、性急な民主主義の採用によって未熟な議会が独走・暴走するのを防ぐ意味でも華族制度は理にかなったものでした。
また、彼は京都の復興を推し進めています、先述した東京遷都を推進した三条実美と比べて、岩倉は京都御所の維持・整備や即位礼の京都での挙行、経済基盤の確立などに尽力しました。
岩倉具視のおかげで、京都は大都市として存続していったと言っても過言ではないでしょう。
このことからも、明治時代初頭の「新しい日本の国づくり」における最大の功労者は、実は薩長閥ではなく公家たちだったことが分かります。
では、なぜ公家たちによる政治は終了し、内閣制度にもとづいた薩長出身の政治家たちによる政治が行われるようになったのでしょうか。
その経緯は【後編】で解説します。
参考資料:八幡和郎『歴代総理の通信簿』2006年・PHP新書
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