そりゃ祟りたくもなる…平安時代、毒親育ちの崇徳天皇が”最恐の祟り神”になってしまった理由 (3/4ページ)
画像引用:ウィキペディア
可愛さ余って憎さ百倍!?
讃岐国に島流しになってからというもの、崇徳天皇は写本に没頭しています。
ある日崇徳天皇は、弟のためにと5種類のお経を書き写した本を作成し、京都に届けました。ところが後白河天皇は、「呪いがかかった薄気味悪い写本だ。」と蔑み、突き返してしまいます。
これを知った崇徳天皇は怒り狂います。自ら舌を噛み切ると、その血で冒頭の文章を綴りました。
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自らの耳を切り落とした画家のゴッホにも通じるメンヘラぶり・・・。
こうして崇徳天皇は、生きながらにして妖怪天狗となったともされています。
冷遇されても家族を想い続けていたはずの崇徳天皇ですが、拒絶された途端に豹変する二面性もあったようです。
おわりに昼ドラ顔負けのドロドロな家庭環境に生まれ、毒親の元に育った崇徳天皇。和歌を読んだり写本に没頭するなど文化に興じる穏やかさと、自傷行為と共に罵詈雑言を尽くして人を呪う猟奇的激しさ。