紫式部が才能を隠すため“痴れ者“のフリをした処世術「惚け痴れ」とは?能ある紫式部は爪を隠す!

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紫式部が才能を隠すため“痴れ者“のフリをした処世術「惚け痴れ」とは?能ある紫式部は爪を隠す!

「日本紀のお局」というレッテル

大河ドラマ『光る君へ』で話題沸騰中の紫式部ですが、『紫式部集』には、中宮・彰子に仕えた紫式部の宮中での暮らしぶり、その苦悩も記されています。

ある日、『源氏物語』を愛読していた一条天皇が、周りの女房に「この作者(紫式部)は『日本紀』を読み込んでいるに違いない。実に漢学の素養のある方だ」と言いました。

『日本紀』とは養老4(720)年に成立したとされる日本最古の正史(王朝が編纂した歴史書)『日本書紀』のことで、漢文で書かれているので理解するためには相当な知識が必要です。

一条天皇は『源氏物語』に触れるうちに、漢学や歴史に精通していなければこの物語は書けないだろう、と考えたのです。

これはもちろん褒め言葉ですが、これをある厄介な女官が耳にしました。彼女は「左衛門の内侍」と呼ばれており、式部を日頃から目の敵にして、まったく身に覚えのない不愉快な悪口を宮中で言いふらしていたという人でした。

「紫式部は漢学の知識を鼻にかけている」と彼女は吹聴し、「日本紀のお局」というあだ名をつけてしまいます。いつの時代にも、こういう人はいるものですね。

それを知った紫式部は、昔のことを思い出しました。

彼女は幼少の頃、漢学の覚えが弟よりも良かったことで父を嘆かせています。さらに「男でさえ、漢学の才をひけらかす者は出世もままならない」と聞かされてからというもの、「一」という漢字さえ書けないふりをして生きてきたのです。

よって式部は宮中でも、昔読んだ漢文の書物には一切目もくれず、屏風に書かれた漢文も読めないような顔をしてきたのでした。

それなのに「日本紀のお局」などと名前をつけられたら、人から避けられてしまうかも知れない……と、不安にうちひしがれてしまいます。

式部の処世術「惚け痴れ」

式部の父親は、当代一流の漢学者でした。その影響もあり、彼女は漢学に秀でていました。

しかし「なぜ女性が漢字を読むのか」と非難されていた時代にあっては、その才能を隠しながら生きていくしかなかったのです。

紫式部像

それはいわば、紫式部の処世術でした。これについては、『紫式部集』に綴られた一節を、次のように独自の解釈を行っている学者もいます。

鬱陶しい女房たちとは、できれば付き合いたくありません。しかし仕事上、顔を突き合わせなければならないこともあります。その時はどうするかというと、彼女はひそかに「惚け痴れ」を実行していました。

問いかけられても、まともに答えないのです。「さあ、存じませんわ」「私、不調法で」などとかわして、ぼけてものの分からない人間を演じきるのです。すると相手は呆れ、やがて彼女に構わなくなります。痴れ者と思われても一向に構わない――。

この「惚け痴れ」は実際に式部が『紫式部集』に書き記している言葉で、「ぼけて愚かになる」という意味です。

実も蓋もない言い方をすれば、バカのふりをしたということですね。

わずらわしい人間関係を乗り切る

そして紫式部は、「惚け痴れ」の演技を続けながら、宮中での人間関係を築いていったようです。以下は、『紫式部集』に収められたある女房の言葉です。

かうは推しはからざりき。いと艶に恥づかしく、人見えにくげに、そばそばしきさまして、物語このみ、よしめき、歌がちに、人を人とも思はず、ねたげに見おとさむものとなむ、みな人々言ひ思ひつつ憎しみを、見るには、あやしきまでおいらかに、こと人かとなむおぼゆる。
(あなたがこんな人だとは思っていませんでした。 ひどく風流を気取り、近づきにくく、よそよそしい態度で、物語好きで由緒ありげに見せ、すぐに歌を詠み、人を人とも思わず、憎らしい顔で見下す人に違いないとみんなで言ったり思ったりして、あなたを毛嫌いしていました。それが実際にお会いしてみると、あまりに穏やかで控えめなので、違う方なのかと思いました)

この言葉を聞いた式部は、

「人にかうおいらけ者と見落とされにける」とは思ひ侍れど、ただ「これぞわが心」と習ひもてなし侍る……
(「人からこんなふうに『おっとりした人」と見下されてしまった」とは思いましたが、「これこそ私の本性」と思って修練を続けました)

と述べています。

宇治川沿いの紫式部像

そうしているうちに中宮の彰子までもが、

 いとうちとけては見えじとなむ思ひしかと、人よりけにむつまじうなりにたるこそ
 (こんなに打ち解けてお付き合いできるとは思っていませんでしたが、他の人よりずっと仲良くなることができましたね)

という言葉を折に触れてかけてくれるようになったのです。

そして式部はこの項を、次の一文で締めくくっています。

 くせぐせしく、やさしだち、恥ちられ奉る人にもそばめたてられで侍らまし
 (一癖あって、優雅に振る舞い、中宮様が一目置いている上臈の方々からも、不快に思われないようにしたいものです)

一時は宮仕えもままならず「引きこもり」になってしまった紫式部ですが、自分なりのやり方で人間関係を乗り切った式部は大したものです。

そして、職場での人間関係のわずらわしさやストレスは、千年以上前も同じだったんだなと驚かされますね。

参考資料:
歴史探求楽会・編『源氏物語と紫式部 ドラマが10倍楽しくなる本』(プレジデント社・2023年)

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