教科書からすでに「士農工商」は削除!実は身分制度・身分序列を表す言葉ではなかった【前編】 (3/4ページ)
江戸時代の身分序列は、大まかに言えば「士」(武士)の下に「百姓」「町人」(平人)がおり、さらにその下に「穢多」「非人」(賤民)という身分があったというのが現代の考え方です。
ちなみに士農工商の「工」にあたる職人は、町に住んでいれば町人、村に住んでいれば百姓でした。百姓は農業従事者に限らず、海運業や手工業も含む概念でした。
百姓という言葉は文字通り「百の姓」で、戦国時代から近世初期にかけては農民だけを示す言葉ではなかったのです。
「四民平等」の反対の概念では士農工商という言葉がクローズアップされたのはいつからなのかというと、明治時代です。
明治時代は、江戸時代の文化を時代遅れのものとみなし、明治以降のものを新しく良いものだとする風潮がありました。
つまり士農工商の概念は、中世的封建体制だった江戸時代は身分制度の厳しい「古い体制」で、明治時代は近代的な「新しい体制」だということを強調するために槍玉にあげられたものだったのです。
実際、明治時代は、この士農工商という言葉を批判的に挙げて「四民平等」が提唱されました。
ちなみに、士農工商と似た表現で、江戸時代以前に存在していたものがあります。室町時代に「侍農工商」という言葉が一向宗(浄土真宗)の文章に登場しているのです。