和室には欠かせない「畳」はそもそもいつ頃から敷くようになったのか?2種類の敷き方の違いも紹介 (2/3ページ)
その後、神殿造りが普及した奈良時代から平安時代辺りになると、身分の低い庶民はムシロやコモ、身分の高い貴族は畳を使うという風に、使い分けがなされていったようです。

畳は、「座る」以外にも、寝るための道具として、あるいは、客人や身分の高い人をもてなすための道具として活用されてきました。現在のように常時敷くものではなく、相手の身分に依って、縁の色やサイズなども違っていたようです。
やがて、書院造が登場すると、畳は、来客を迎える部屋全体に畳を敷き詰めるようになりました。つまり畳にはもともと、「おもてなし」としての心が表れています。
その後、江戸時代には、畳敷きが浸透したと考えられています。
畳の敷き方には、大きく分けて「祝儀敷き」と「不祝儀敷き」の2種類の敷き方があります。
「祝儀敷き」は、畳を互い違いに敷く方法で、目合わせがT字になるのが特徴です。
一方、「不祝儀敷き」は、畳を平行に敷くので、目合わせが十字になるのが特徴です。
かつては、お祝い事や葬儀などのシチュエーションに応じて、畳を敷き替えていたようですが、現代では「シチュエーションによって、畳を敷き替える」ということも、しなくなりました。一般住宅では、祝儀敷きが通常になっています。
一方で、葬儀を行う寺院では、「不祝儀敷き」が残りました。葬儀や法事では、参列者が同じ方向を向いて座り、動きも同一方向になるため、畳の目も同一方向の方が傷みにくいという現実的な理由もあるのだといいます。
また、この「不祝儀敷き」は、畳替えがしやすいというメリットがあり、旅館やホテルの大広間でも採用しているところが多いようです。
最近では、アートを施した畳を使用する寺院の話題などもあり、畳文化の新しい楽しみ方も見られるようになってきています。