門限を破っただけで27年の幽閉および1500人が処罰!江戸時代の大奥粛清事件「江島生島事件」 (1/4ページ)
江戸時代。将軍家の子女や女中が暮らす大奥には厳しい規律が存在し、規律を乱したり規則を破ったものには容赦ない罰則が与えられた。
今回は、江戸時代中期に起き、大奥の歴史の中でも大きな粛清事件へと発展した「江島生島事件(えじまいくしまじけん)」をご紹介する。
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新選東錦絵 「生島新五郎之話」画:月岡芳年(都立中央図書館特別文庫室所蔵)
中心人物①大奥女中・江島(絵島)えじま
江戸時代中期、江戸城大奥に存在した女中。本名はみき。甲府徳川家に仕えていたが、藩主・徳川綱豊が江戸幕府6代将軍・徳川家宣となったことをきっかけに江戸城大奥入りする。

