容赦なき粛清!3度目の介錯でようやく絶命、新撰組の古参隊士・河合耆三郎の切腹劇【後編】 (1/3ページ)
新選組隊士・勘定方として尽力した「河合耆三郎(かわいきさぶろう)」は、隊律に違反したとして切腹した。
今回は【前編】に引き続き、河合耆三郎の切腹劇の顛末をご紹介する。
前編の記事はこちら
容赦なき粛清!3度目の介錯でようやく絶命、新撰組の古参隊士・河合耆三郎の切腹劇【前編】 粛清の理由新撰組隊士として順調に活動を続けているように見えた河合だったが、1866年3月、隊から切腹を命じられ死亡している。表向きの理由としては、隊の活動費用が足りず、そのことで勘定方である河合が責任を取らされたことによる粛清であった。
新選組は厳格な隊律で知られ、粛清された隊士は数えきれないが、河合の切腹に関しては根拠が判然とせず様々な憶測が語られている。
