実は日本を攻撃する気はなかったペリー提督!「交渉」から「恫喝」に切り替えてまで開国を急いだ理由

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実は日本を攻撃する気はなかったペリー提督!「交渉」から「恫喝」に切り替えてまで開国を急いだ理由

武力で開国、しかし…

嘉永6年(1853)6月、日本の浦賀に突如4隻の艦船が出現しました。言わずと知れた黒船来航です。アメリカ合衆国海軍東インド艦隊が、日本に開国を迫ってきたのです。

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アメリカ船の来航は初めてではなかったものの、この時の黒船来航が特別視されるのは、艦隊指揮官のマシュー・ペリーが軍事行使すら辞さない強気の態度をとったからに外なりません。

ペリー艦隊来航記念碑(下田)

実際、ペリーは幕府に無断で江戸湾を測量し、国書の受け取りを拒否すれば武力行使も辞さないと浦賀奉行を脅迫しています。さらには江戸城に向けて空砲も放っているのです。

こうした攻撃的な態度から、「ペリーは粗野で好戦的な人物だ」という印象を持つ人も少なくないでしょう。

確かに、ペリーが武力を背景に日本を開国させたことは事実ですし、琉球占領を視野に入れるなどの手荒な手段も考えていました。

当時の大統領から「交渉はできる限り穏便に」と命令を受けていたにもかかわらず、ペリーは日本を恫喝しているのです。

ペリー提督(Wikipediaより)

しかし、ペリーが本当に武力行使する可能性は、極めて低かったことが分かっています。彼のやり方はあくまでも「武力行使も辞さない態度を見せる」のが第一で、本当に攻撃する気はほとんどなかったのです。

なぜそう言えるのでしょうか。そもそも彼はどんな人物で、どのような態度で日本に臨んでいたのでしょうか。

交渉から恫喝へ、しかし武器使用は禁止

そもそもペリーが日本を訪れるよりも60年以上前から、欧米諸国は開国を求めて日本近海にやってきていました。しかし、幕府も態度を軟化させることはあったものの、外国船を警戒して要求を呑もうとはしませんでした。

そこでペリーは、イギリスの軍事的圧力に屈した清国のケースを参考に、武力を盾に日本を脅して要求を呑ませようとしたのです。

「武力を盾に」というのがポイントで、「直接的な武力行使によって」ではない点に注意して下さい。

彼は空砲などで威嚇はしたものの、乗組員には日本側が危害を加えない限りは武器を使わないよう指示しています。

ペリーがここで「交渉」から「恫喝」へとやり方を切り替えてまで日本の開国を急いだのは、太平洋におけるアメリカの影響力を強めるためだと考えられます。

中国市場へ向かう商船や太平洋で活動する捕鯨船にとって、日本は絶好の中継地点でした。アジア交易でイギリスやフランスに後れをとっていたアメリカからすれば、日本開国というアドバンテージを両国にとられることは避けたかったのです。

だからこそペリーは、アメリカの手で交渉を成功させるために「武力を盾にする」強硬手段を採ったのでした。

先に書いた通り「ペリーは粗野で好戦的な人物だ」という印象を持つ人もいると思いますが、実際は、そうした粗野で好戦的な態度を見せつけることも計算に入れた思慮深い戦略家だったのです。

リベリア建国の立役者

そもそもペリーはどんな人物だったのでしょうか。彼は当時の西洋人と同じく、西洋=文明国、日本=半文明国という認識を持っていたのは間違いありません。

「ぺルリ提督の像」。昭和28年、ペリーの出身地であるロードアイランド州ニューポート市から親善の印に贈られた(港区)

そのため人種的な偏見を持っていたというイメージがありますが、そこまでゴリゴリに偏見で固まった人ではなかったようです。

実はアメリカでは、ペリーは黒人奴隷の解放運動に力を入れていました。

彼が20代の頃、アメリカでは奴隷制が崩壊し、黒人奴隷をアフリカに返還しようという運動が活発化していました。

ペリーはこれに賛同し、自ら船団を指揮して黒人をアフリカへと送り届けているのです。このとき造られた町が現在のリベリアで、同国では今でもペリーのことを建国の立役者として尊敬しているというほどです。

その後ペリーはメキシコ戦争に従軍して功績を残し、アメリカの勝利に貢献。占領地の民政でも手腕を発揮しました。

彼はこのような功績を認められたからこそ、日本への使者という大役に選ばれたのです。

参考資料:浮世博史『古代・中世・近世・近代これまでの常識が覆る!日本史の新事実70』2022年、世界文化社

画像出典: photoAC

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