医療従事者に聞いた、死にゆく患者が最期に残した不気味な言葉

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医療従事者に聞いた、死にゆく患者が最期に残した不気味な言葉
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 病院は多くの人が最期の瞬間を迎える場所でもある。そこで勤務している医師や看護師は、日常的に生と死の狭間を目の当たりにしている。

 海外掲示板Redditで「医療従事者で死にゆく患者から聞いた、不気味な最期の言葉は何?」というスレッドが立ち、2,000もの体験が共有されていた。

 その体験談には医師や看護師のほか、家族から寄せられたものも混ざっているのだが、これはちょっとしたホラーだ。酷暑の折、涼みがてら楽しんでほしい。

 

・1. 赤い髪の少女
 私の祖父は自宅で緩和ケアを受けていました。いよいよ最期という時になって、祖父は私たちに、自分は「赤毛の少女」と一緒に行かなければならないって言い出したんです。私たちは彼が何を言っているのか理解できませんでした。

 そして祖父が亡くなると、当直の看護師に来てもらうことになりました。私がたまたまドアを開けたんですけど、彼女を目にした瞬間、私は言葉を失ってしまい挨拶することができませんでした。

 だって彼女は鮮やかな青い瞳と、見たこともないような美しい赤い髪をしていたんですよ。

 その様子を見た祖母が、とても明るい声で言ったんです。「どうぞ入って。彼はあなたを待っていたんです」って。・2. 黒づくめの男
 私の勤務していた病院に、素敵な老婦人が入院していたのですが、ある日「真っ白な服を着たい」と、そばにいた看護助手に言ったそうです。その理由を尋ねると、彼女は 「黒い男がいるの」と言って、部屋の隅を見たそうです。

 看護助手もそちらを見てみましたが、もちろん誰もいません。私がそのタイミングで部屋に入ったところ、「全身黒ずくめで帽子をかぶっているのよ。目は真っ赤なの」と言いながら、彼女の視線はまるで誰かが私たちに近づいて来るのを見ているかのように、部屋を横切って助手の後ろに移動したんです。

 彼女はその夜に亡くなりました。その後しばらく、私はその部屋に入るのが嫌でたまりませんでした。

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image created by MidJourney ・3.希望通りの曜日に死を迎えた父
 私の父は、18歳の時から多発性硬化症に苦しんでいました。24歳で母と結婚し、29歳で私が生まれ、45歳まであと15日というところで亡くなりました。

 亡くなる半年前にホスピスに入ったのですが、父が母と自分の葬儀について話をしていた時、母が冗談めかして言ったんです。
ティム、一番いいのは水曜日に死ぬことよ。そうすれば木曜日に準備を整えて、金曜日にお通夜、土曜日にお葬式ができるから。そうしたらたくさんの人が会いにに来てくれるでしょう?
 そして父は亡くなったのですが、私たちは5分遅れて臨終に間に合いませんでした。父にお別れをしていると、看護師さんが母を脇に引っ張って行って、今日は何か特別な日なのか尋ねたんです。

 まだ朝の6時前で、母はその日が何曜日なのかも知りませんでした。看護師さんが「今日は5月21日ですよ」と言ったのですが、何も思い浮かびませんでした。

 看護師さんが言うには、父はその前日、何度も何度も「今日は何曜日か」って訊いてきたんだとか。日付で20日だと答えると、父は苛立った様子で黙りました。

 そして亡くなる日の朝、もう一度「今日は何曜日ですか?」と尋ねました。看護師さんが「5月21日の水曜日です」と答えると、父は微笑んで彼女の手を握り、すぐに息を引き取ったそうです。

 その週末は戦没将兵追悼記念日で、父と母があの時話していた通りになりました。みんな休暇で街を離れていたにもかかわらず、お葬式には250人以上の人が集まってくれて、小さな教会はかつてないほど人で溢れかえりました。

 彼は亡くなるその日まで、私たち家族がのことを考えてくれたんです。私はそんな父が恋しいです。

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image credit:photoAC・4. 救急車の隅で笑う男
 EMT(救急医療技術者)の実習中、がんによる合併症を抱える患者に対応しました。彼女は部屋から救急車に移す間、ほとんど何もしゃべりませんでした。

 もうすぐ病院に着くというときになって、彼女は私の方に顔を向けて「なぜ隅にいる男は笑っているの?」とささやきました。

 どの男のことを言っているのか尋ねると、彼女は救急車の後ろの隅を指さしましたが、そこには誰もいませんでした。

 「奥さん、そこには誰もいませんよ」と伝えると、彼女は半分混乱したような、半分恐怖したような表情で私を見て、それから残りの道中ずっとその隅を見つめていました。彼女はその数日後、亡くなりました。・5. ギャングの少年
 私は長年ホスピスの看護師をしていました。ある時、原発性肝臓がんで死にかけているギャングのような20歳の男性がいました。

 彼は既に末期で非常に攻撃的になっていて、宇宙に対して怒っていました。家族が慰めようとしていましたが、彼は文字通り家族の顔に唾を吐くような人間でした。

 まるで残されたエネルギーのすべてを怒りに使っているようでした。

 母親は彼に、心を開いてイエス様を受け入れるよう懇願していましたが、彼は母親を殴ろうとし、罵倒を続けました。それでも家族は彼のそばに寄り添って、彼が最期に落ち着くことを期待しているようでした。

 やがて最期の日がやってきましたが、最期の時間、最期の瞬間まで彼は怒っていました。母親は愛情を込めて、彼に光の方へ、イエス様の方へ行くように囁きました。すると彼は最期の力を振り絞って、「イエスなんてくそくらえだ!」と叫んだのです。

 その直後、彼はゆっくりと頭を左の方に向けました。そして私たちには見えない何かを見ているような、恐ろしい表情を浮かべました。

 それからまる顔を歪め、「クソったれ、おい、クソ、やめろ!」と叫んだかと思うと、音を立ててベッドに倒れ込み、そのまま息を引き取りました。

 家族の誰もが震え上がり、言葉を失っていました。私はその部屋を出て、2日間休みを取りました。彼がその時何を見たのか、知りたいとは思いません。・6. 夫が迎えに来た
 何年も前のことですが、私は当時研修医をしていました。96歳くらいの女性の患者が入院していて、私はその退院のための書類作成のために呼び出されたんです。

 最後の確認のために病室に行くと、彼女がこう言うんです。
私はビルのところへ行くのよ。彼は今朝会いに来てくれて、私を連れて帰るって言ってたんですもの
 一緒にいた彼女の息子さんが、ビルは数年前に亡くなった彼女の夫だと教えてくれました。

 私は特に気にも留めなかったのですが、私が病室を出て数分も経たないうちに容態が急変し、彼女はそのまま亡くなりました。

 ビルさんは本当に彼女を迎えに来ていたのかもしれません。息子さんも納得していましたよ。

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image created by MidJourney ・7. 自分の死ぬ日を予言した祖父と一命をとりとめた父
 私の祖父は、自分がいつ死ぬか知っていました。彼はいつも、5月26日の午後12時に自分が死ぬと言っていたんです。

 最期が近づくと、祖父は自分の命が尽きようとしている、人生の終わりが近づいていると私たちに言い続けました。

 そして5月26日の朝、彼は午前8時頃に父に電話をかけ、1時間ほど会話をしました。父によると、9時になると祖父はこう言って電話を切ったそうです。
あまり気分がよくないんだ。おやつを食べて昼寝をするから、あの世で会おう
 その1時間後に連絡があり、祖父はプリングルスを半分食べた後、10時に眠りながら亡くなったのです。

 それから5年後、今度は父が同じようなことを言い始めました。この頃、父は本当にひどい問題を抱えていたので、健康状態は最善とは言えませんでした。

 彼は10月10日に自分は死ぬんだと言い続けました。そして10月10日の朝、父は気分が悪い、何もしたくないと言いました。

 しかしその夜、父は仕事でディナー パーティーに行かなければなりませんでした。彼は出かける時、私にこう言ったんです。
じゃあな、あの世で会おう。愛しているよ
 その夜、帰宅すると彼はすぐにベッドに入り、誰にも声をかけませんでした。なのでここから先は、後から母に聞いた話です。

 父はパジャマに着替えると、ベッドの端に座って独り言を言っていたそうです。どうしたのかと母が聞くと、トイレに行きたいと言って立ち上がり、トイレまで歩いて行って便座に座ったところで倒れ込んでしまいました。

 私が見たのはその後の、そこらじゅうに血が飛び散っている光景で、その場は近くに住む兄に電話することしか思いつきませんでした。

 すぐにやって来た兄は、父の身体を引きずってトラックに乗せ、家から一番近い病院まで運びました。

 病院に着くまでの15分間、兄は何度も父の身体を叩いて蘇生を試みていました。父は2週間集中治療室で過ごした後、もっと大きな病院に移され、肝臓にステントを入れて命拾いをしました。

 今では父はすっかり元気になりましたが、もしあの時私たちが救急車を待っていたら、兄がそこにいなかったら、父は彼が言った通り、その夜のうちに亡くなっていたでしょう。

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image credit:photoAC・8.死んだ叔母が肩に手を…
 祖母が肺がんで亡くなったときの話です。彼女はほとんど周囲に反応することがありませんでした。しかし、突然私を見て「彼女が見える?」と尋ねました。

 私が「誰が?」と聞くと、彼女は「あなたの叔母のリサよ」と答えました。リサは少なくとも10年以上前に亡くなっているんです。

 その瞬間、私は鳥肌が立ちました。私が「どこにいるの?」と聞くと、祖母は「あなたの肩に手を置いているわよ」と言いました。

 私は祖母に「愛してる」と言い、他の家族に部屋に入るように伝えました。祖母はその数分後に亡くなりました。・9. 親友のポルターガイスト
 私の親友は34歳で、体を蝕むステージ4の大腸がんにかかっていました。亡くなる前日、彼はずっと「部屋にいるやつらを外に出してくれ」と言っていました(部屋には誰もいませんでした)。

 彼が本当にイライラしていたので、私は立ち上がって部屋中を歩き回り、見えない人々に向かって外に出てくれるように頼みました。

 すると彼は落ち着気を取り戻し、「自分は病気なのか」と尋ねました。私がそうだと答えると、彼は「自分は死ぬのか」と聞いてきたんです。

 私は彼の亡くなった祖父が迎えに来たら一緒に行くことになるかもしれない、と言いました。彼は首を振って「お前なんか嫌いだよ」と言いました。

 私は笑って彼にキスをして、「私もお前が嫌いだ」と言いました。そして「死んだらうちへ訪ねてきて、僕の2歳の子供を見守ってくれ」と頼みました。

 彼は翌日亡くなりましたが、今でも私を定期的にからかいに来ます。

 我が家では電気がついたり消えたり、ドアがバタンと閉まったり、夜中におもちゃが動いたり、カーラジオの音量が突然最大になったりといったポルターガイスト現象が日常茶飯事です。

References:Doctors & Nurses of Reddit, what was the creepiest last words you heard from a patient right before they died? / written by ruichan/ edited by parumo



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