倒幕のためなら…西郷隆盛の従来のイメージを覆す彼の3つの本性とは!? (3/5ページ)

Japaaan

島津久光像

このように主君に対しても悪感情を隠さない西郷を、大久保利通は「激情家」と評しています。

「謀略家」西郷隆盛

西郷は、倒幕のためなら手段を選ばない謀略家でもありました。

慶応3年(1867)10月、彼は幕府を挑発するために、配下の浪士に江戸市中で辻斬り・強盗・放火などを行うよう攪乱工作を命じています。

狙いは、佐幕派を挑発して戦端を開かせることにありました。浪士たちが行った蛮行は、無関係な江戸の庶民を恐怖に陥れることになります。

さらに浪士たちは庄内藩お抱えの新徴組(しんちょうぐみ)屯所を襲撃。これに対し、幕府は庄内藩に命じて薩摩藩邸の攻撃を命令したりしています。

やがて西郷の思惑通り佐幕派は報復措置として薩摩藩邸を砲撃。これが戊辰戦争の遠因となりました。

また西郷は、目的を達成するために天皇を政治的に利用したこともあります。

大政奉還が行われる前、彼は大久保や岩倉具視らとともに朝廷に接触し、「徳川慶喜を誅殺せよ」という討幕令、いわゆる討幕の密勅を出させています。

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