こんな大事なことを“口約束“!?幕末の「薩長同盟」元々は薩摩と長州の和解案でしかなかった (2/3ページ)
1866年1月21日、桂と西郷、そして龍馬が会って薩長同盟が結ばれました。その詳しい内容は、桂が龍馬に宛てて送った手紙で今に伝わっています。
その日に話した内容が口約束だったため、慎重派の桂が、龍馬に翌日になってから内容の確認を依頼したのです。
その内容とは、
「もし戦いが始まったら、薩摩藩は3000の兵士で京都と大阪を守る」 「長州藩が勝ちそうになったら、薩摩藩は朝廷に長州藩を許すよう頼む」 「もし長州藩が負けそうになっても、武器の調達と朝廷への働きかけを続ける」 「幕府が戦いを仕掛けなかった場合でも、薩摩は朝廷に長州藩の許しを申請する」といったものでした。
これは、桂が龍馬に確認を求めた文書だからこそ、長州藩の要求が多く含まれていたのです。
このようにして、幕府と対立していた長州藩と、開国に前向きだった薩摩藩は、龍馬の長い説得によって同盟を結びました。