「島流し」でも酒池肉林のやりたい放題!実際のところ島流しされた後の生活はどうだったのか? (2/3ページ)
また、刑期を終えて本土へ戻ってきた者には生活できるだけの田畑が与えられました。当時の島流しには、 本土の技術や言語、思想など文化の伝播にも効果があったのと考えられています。
極楽すぎた平安時代の島流し後の生活平安時代後期になると、島流しの対象は庶民から権力者へと変化しました。
これには「島流しを取り仕切っていた中央政権が、権力を強める輩のリーダーなどを死罪にするとことで組織全体を弱体化させるという意図があった」という説があります。
反乱を企てたり、政争に敗れたりした権力者たちは次々に島流しされましたが、官位にあわせた給与が国から与えられたそうです。しかも権力を持った人物の場合は島民からも歓迎されたため、酒池肉林のやりたい放題だったとか。羨ましですね。
室町~戦国時代の島流し室町~戦国時代では流罪そのものが消滅します。
中央政権が機能しなくなったことで、地方への威令が届かなくなったためです。
政権が江戸幕府へと集中したことで、島流しも再開。