平安時代の女性はなぜ眉を抜き、高い場所に描いたのか?そこには平安貴族の倫理観と美意識が! (2/4ページ)

Japaaan

『化粧眉作口傳』 宝永 5 (1708)年

その様子は『源氏物語』の中にもあり「歯黒めも、まだしかりけるを、ひきつくろはせ給へれば、眉のけざやかになりたるも、美しう清らなり」(お歯黒はまだだが、眉を抜いて眉墨を引いたので、ぱっちりとなったのが美しい)と記述されています。

で、不思議なのは、眉をなぜ抜いたのか。流行りって不思議なもので、私たちもかつて流行った化粧を振り返ると、ダサいって思いますよね。

とはいっても、この記事を書いたからにはそれで片づけるわけにはいかないのでなんとか理由を探ってみます。

眉を抜いた理由

すると、眉を抜くことで、「感情がわからないようにした」という説が有力だとわかりました。

教養があり高貴な身分の女性の間には、感情を露わにしないほうが良いという倫理観があったからだそうです。確かに優美さや、たおやかさがもてはやされた時代。恋のさや当ても旺盛だったことから、安易に心が読まれないようにした工夫なのかもしれません。

確かに眉は感情が如実に現れるところ。「眉をひそめる、眉を吊り上げる、眉を曇らせる」など、眉の慣用句はたくさんありますね。

また、この時代の女性は顔を見せないことが風習としてありました。ここからは筆者の全くの推測なのですが、顔を隠すとはいえ顔が全く見えないのも相手に失礼ではなかったのか?と思うのです。

そこで、扇から眉だけが見えることで、相手に対して話を聞いていますよ、とかあなたを見つめていますよ、などという気持ちを示唆したのではないでしょうか。

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