江戸時代になんとタイで国王になってしまったサムライ・山田長政のサクセスストーリーが凄まじい! (2/3ページ)
そこで、日本ではなくて海外なら武士として活躍できるチャンスがあるのではと思った長政は1612年の朱印船に乗り、タイへ向かいます。
タイの国際都市アユタヤに着くと現地にいた日本人傭兵隊に加わります。
当時のタイはビルマ(現ミャンマー)との戦の真っ最中で多くの戦を生き抜いた日本人傭兵が勝利の要となっておりました。
ビルマの他にアユタヤ港を攻めてきたスペイン艦隊を2度も退けた長政は日本人傭兵隊の指揮を任され、当時の王ソンタムから重用されるようになりました。
また、貿易商としても活躍し各国との経済戦争に打ち勝ちアユタヤでの貿易を一手に引き受けるくらいまで発展させます。
その勢いは世界最大とも言われる東インド会社を撤退させてしまうくらいでした。
このような功績が認められ長政は元和7年(1621)に日本人町の頭領になり、老中、土井利勝と本多正純を介して日本とタイ(当時はシャム)の国交に尽力しました。
絹本著色土井利勝肖像画/Wikipediaより
ついに国王に!しかし……
長政はソンタムの信頼を得ていく内に寛永5年(1628)には官位制度の三位である「オークヤ―・セーナピモック」を任ぜられます(セーナピモックは軍神の意味)。