【光る君へ】7月28日放送で初登場した藤原伊周の妻・源幾子(松田るか)の生涯を垣間見る (2/3ページ)
【源幾子・略系図】
……醍醐天皇―代明親王(よしあきら)―源重光―同女(源幾子)―藤原道雅(松)……
ちなみに源幾子の実名については伝わっておらず、たいてい源重光女(しげみつの娘)と呼ばれます。
幾子という名前は大河ドラマの創作と考えられますが、命名の由来についてはよく分かっていません。ただし今回は便宜上、源幾子で統一しましょう。
源幾子の子供たち
成長した源幾子は藤原伊周と結婚し、三人の子供を産みました。
長男・藤原道雅
長女・女子
次女・藤原周子
正暦3年(992年)生~天喜2年(1054年)7月20日没
武官としてキャリアを重ねる一方で悪行も多く、伊勢の斎宮・当子内親王(三条天皇皇女)と密通事件を起こす。
仲を引き裂かれてからはますます荒み、人々から「悪三位」「荒三位」と呼ばれた。
また側室に藤原宣孝女を娶っており、紫式部にとって義理の婿とも言える。
伊周長女(実名不詳)生年不詳~長元7年(1034年)没
道長次男・藤原頼宗(母は側室の源明子)と結婚。6人の子を産んだ。