【光る君へ】7月28日放送で初登場した藤原伊周の妻・源幾子(松田るか)の生涯を垣間見る
伊周の妻 源 幾子(みなもとのいくこ)
松田 るか(まつだ・るか)藤原伊周の妻。源重光の娘。
※NHK大河ドラマ「光る君へ」公式サイトより
伊周の長男 松(まつ)
小野 桜介(おの・おうすけ)藤原伊周の長男。のちの藤原道雅。
※NHK大河ドラマ「光る君へ」公式サイトより
第29回放送「母として」で初登場した藤原伊周の妻・源幾子とその嫡男・松(のち藤原道雅)。
劇中では♪タアハア、トヲリョロ~♪と舞を稽古していました松ですが、伊周に八つ当たりされて可哀想でしたね。
ちなみに以前、叔父の藤原隆家が同じく♪タアハア、トヲリョロ~♪と舞っていましたが、この演目が何なのかはまだ調べ切れていません。
藤原道雅については改めて調べるとして、今回はその母・源幾子について紹介。NHK大河ドラマ「光る君へ」を楽しむご参考にどうぞ!
源幾子(源重光女)の本名は不明
源幾子は生没年不詳、源重光の娘として誕生しました。源重光は醍醐天皇の孫に当たり、源幾子は曾孫となります。
【源幾子・略系図】
……醍醐天皇―代明親王(よしあきら)―源重光―同女(源幾子)―藤原道雅(松)……
ちなみに源幾子の実名については伝わっておらず、たいてい源重光女(しげみつの娘)と呼ばれます。
幾子という名前は大河ドラマの創作と考えられますが、命名の由来についてはよく分かっていません。ただし今回は便宜上、源幾子で統一しましょう。
源幾子の子供たち
成長した源幾子は藤原伊周と結婚し、三人の子供を産みました。
長男・藤原道雅
長女・女子
次女・藤原周子
正暦3年(992年)生~天喜2年(1054年)7月20日没
武官としてキャリアを重ねる一方で悪行も多く、伊勢の斎宮・当子内親王(三条天皇皇女)と密通事件を起こす。
仲を引き裂かれてからはますます荒み、人々から「悪三位」「荒三位」と呼ばれた。
また側室に藤原宣孝女を娶っており、紫式部にとって義理の婿とも言える。
伊周長女(実名不詳)生年不詳~長元7年(1034年)没
道長次男・藤原頼宗(母は側室の源明子)と結婚。6人の子を産んだ。
長男・藤原兼頼(かねより)
次男・藤原俊家(としいえ)
四男・藤原能長(よしなが)
長女・院上(いんのうえ。敦明親王妃)
次女・藤原延子(えんし/のぶこ。後朱雀天皇女御)
三女・藤原昭子(しょうし/あきこ。後三条天皇女御)
生没年不詳
別名は帥殿御方(そちどののおんかた)。藤原彰子に女房として仕えます。
のち藤原良頼(よしより。藤原隆家女で従弟)と結婚し、藤原能信(よしのぶ。道長の四男)と再婚しました。
子供については彼女が産んだか定かではありません。
終わりに源幾子(源重光女)について、分かっていることはこのくらいです。
また詳しいことが分かったら紹介したいと思いますが、果たして「光る君へ」では、どんな活躍を見せてくれるのでしょうか。
松田るかの好演に期待しています!
※参考文献:
倉本一宏『ミネルヴァ日本評伝選 藤原伊周・隆家 禍福は糾へる纏のごとし』ミネルヴァ書房、2017年2月 倉本一宏『摂関政治と王朝貴族』吉川弘文館、2000年6月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan