わずか16歳、祭り上げられた反乱指導者「天草四郎」は実在した?複数人説も存在する奇跡の少年の虚実 (2/4ページ)
反乱を知った幕府も兵を派遣しましたが、反乱軍はおよそ5ヵ月にわたって抵抗しました。
最終的に、幕府軍の反撃で反乱軍は崩壊したものの、天草四郎のリーダーシップで統率されたキリシタンは手強く、為政者は宗教勢力の恐ろしさを目の当たりにしたとされています。
しかし近年、この島原の乱に関する研究が進み、通説は大きく変化しています。
実際には、天草四郎は反乱軍の先頭には立っていたものの、首謀者ではありませんでした。戦闘を指揮したことも確かにありましたが、実質的な指揮権は別の者たちが握っていたのです。
島原の乱の首謀者そもそも、島原の人々が反乱を起こしたのはキリシタン弾圧だけが原因ではありませんでした。発端となったのは、領主による過度の重税など、圧政に苦しむ農民たちによる蜂起だったのです。
そしてこの蜂起に、幕府の方針で棄教させられた大勢の元キリシタンたちが参加したことで、宗教運動として拡大したのです。
天草四郎はこうした騒動の後で蜂起に加わっており、最初からリーダーシップを発揮したわけではありませんでした。
では、彼が反乱の首謀者だと思われてきたのはなぜでしょうか。それは、主君を失った浪人や庄屋が彼を担ぎ上げたからです。