男子禁制の結果起こる擬態的な同性愛…遊郭や大奥など「女の園」にあった奇妙な風習とは?

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男子禁制の結果起こる擬態的な同性愛…遊郭や大奥など「女の園」にあった奇妙な風習とは?

江戸の「女の園」

「女の園」と聞いて、あなたならどんなイメージを抱きますか?筆者の周囲にいた男性の中には「選りすぐりの美女がいっぱい」「ハーレム♪」と妄想全開になっていた人もいました。

さて、江戸時代の「女の園」といえば「吉原」に代表される遊郭、将軍の御台所(正室)や側室たちの暮らした大奥、そして天皇の后や側室と彼女たちに仕える女官たちの暮らした宮中などがありました。

吉原の遊女(明治時代)/Wikipedia

華やかな面が多くクローズアップされるこれらの場所には、男の妄想も一気に吹き飛ぶかもしれないような真実がありました。

男子禁制!その結果起こるのは…

江戸時代の「女の園」に共通していたのは「男子禁制」ということでした。遊郭では遊女たちが雇い主にとっての「売り物」「投資の対象」でしたし、大奥や宮中は将軍や天皇の血筋を絶やさないための「血の保存」の場でした。

彼女たちの生活は、衣食住などの点では普通の女性たちの何倍も豪華で贅沢なものでした。

しかしその代償として、恋愛や結婚、子供を産み育てること、健全な性生活などの「普通の女性」としての生き方は、全て剥奪されていたのです。

こういった環境で起こりがちなのが「同性愛」であることは、戦国武将や僧侶などの場合と変わりません。

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実際に吉原などの遊郭では同性愛は決して少なくはありませんでしたし、宮中や大奥でも同様でした。

女主人は「旦那さん」?女の園の類似点とは?

しかし現実には、監視の目をかいくぐって女性同士でそのような行為を行うのは困難でした。その代わりに行われていたのが「擬態的な同性愛」を思わせるような、一見奇妙な風習だったのです。

宮中の女官たちに召使いとして仕えていた女性は「針女」と呼ばれていました。彼女たちは主人である女官を「旦那さん」と呼んでいました。

また大奥や宮中には「部屋子」、吉原には「禿(かむろ)」と呼ばれる、若くて美しい少女を古参の女性が引き取って「見習い」として養成する制度がありました。

宮中に「児(ちご)」と呼ばれる振袖姿で化粧をした美少年が仕えていたり、戦国武将に「お小姓」と呼ばれる少年が侍り、しばしば主人の寵愛の対象となっていたのと似ています。

ちなみに「部屋子」については、彼女たちが初潮を迎えるとその後の最初の月夜に大きなまんじゅうを作り、真ん中に赤い丸印をつけ、そこに開けた穴から月を覗かせるという、「月経」「月」「血」を結び付けたような風習もあったのだとか。

「女の園」は、妄想以上に奇妙な世界だったようですね。

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