デリンクユ・カイマクル・ナウルス、驚くべき古代の地下都市
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古代から人類は、地下に様々な施設を作り上げていた。それは単なる住居や避難所にとどまらず、宗教的儀式を行ったり、農場まで備えた一大都市を作り上げた例もある。
世界各地に地下都市は存在するし、今だ発見されていないものもある。ここではあまり知られていないが、興味深い3つ遺跡を見ていこう。
・世界最大の地下都市、デリンクユ
トルコ、カッパドキアにあるデリンクユ(深い井戸の意)はこれまで発見された地下都市の中で世界最大だと言われている。
地表からの深さは80m、面積およそ4平方km。火山噴火で発生した泥と灰が混ざる柔らかく削りやすい火山岩に築かれている。
8層にもわたって広がっていて、地上への出入り口は600ヵ所以上もあり、およそ2万人が暮らしていたとされている。
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この地下都市の起源は不明だが、紀元前8世紀に、穀物と実りを象徴する偉大なる母キュベレーを崇める古代インド・ヨーロッパ語族フリギア人が最初に建設したものではないかと考えられている。
紀元前15~12世紀にヒッタイト人、あるいはペルシャ人が作ったという説もある。
フリギア人は高度な文化を発展させ、音楽と触れたものすべてを黄金に変えるというミダス王の伝説で有名だ。
デリンクユはほかの都市との通信ネットワークもちゃんと備えていて、隣のカイマクルの地下都市とつながっていたとされる。
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Inside the Underground City once Housed 20,000 People: Derinkuyu・カイマクルの地下都市
カイマクルは、カッパドキアにあるデリンクユ、マジ、オズコナックなどいくつかの地下都市のひとつで、5~10世紀の間に建てられたとされている。
文書などの情報が不足しているため、正確な年代は特定できないが、ここは何世紀にもわたってさまざまな文化に支配されてきたようだ。
この地下都市のおもな目的は、侵略された場合に住民を保護するシェルター機能だった。
カッパドキアの中心(ネヴシェヒルの南20km)という戦略的に絶好の場所にあるため、住民が避難しやすい場所でもあった。
地下に降りる入口はひとつしかないが、地下の面積は2.5平方kmの広さがある。
内部には食糧貯蔵庫、馬小屋、貯水槽、厨房、教会、墓地まであり、トンネルと階段が入り組んだ迷路のような構造になっている。
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厨房の壁や天井には煤がしみついており、教会にはビザンチン様式のフレスコ画の名残りがあって人々の生活がうかがえる。
この地域のほかの地下都市と同様、ここにはたくさんの通気口がある。
入り口は敵の侵入を完璧に遮断するための円盤状の岩で保護されていて、内側からしか動かせないようになっていた。
万が一、この第一の円盤状の岩が突破されても、数メートル先にもうひとつ円盤状の岩があり、二重の保険としてこの地下都市を守っていた。
隣接するデリンクユ(南へ9km)の方向へトンネルがあるが、まだ完全には発掘されていない。
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Turkey - Cappadocia - Kaymakli Underground City
・ナウルス
北フランス、ソンム県にある地下都市。地下30m地点に全長3.2kmのトンネルが建設され、300以上の地下室があった。
西暦3世紀頃のローマの採石場がその起源で、中世時代には戦争や襲撃を避けるために地元住民がシェルターとして使い始め、完全な機能をもつ地下都市に発展したようだ。
ピーク時には3000人以上が隠れ住んだとされ、礼拝堂、馬小屋、井戸、パン屋などがあったという。
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References:3 Ancient Underground Cities You've Probably Never Heard Of - The Ancient Code / written by konohazuku / edited by / parumo
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