これぞ江戸時代のシンデレラストーリー!八百屋の娘・お玉が歩んだ人生が華麗で素敵すぎ! (2/4ページ)

Japaaan

春日局/Wikipediaより

ある時、お万の方の部屋子だったお玉を家光の乳母・春日局(かすがのつぼね)は家光の側室にするべく自身の部屋子としてスカウトしました。

将軍の側室になったが、待っていたのは…

春日局の協力もあり、将軍付きの御中臈(おちゅうろう)となります。御中臈は主に将軍のお世話をする役職であり、側室になれる確率も高いのも特徴でした。

家光に気に入れられたお玉は側室となり、正保3年(1646)に綱吉を出産します。しかし、綱吉は3だったために次期将軍になれることは絶望的でした。

徳川家光/Wikipediaより

それでもお玉は綱吉が聡明だったので、将来性を信じ学問を教えました。

そんな中、慶安4年(1651)に家光が没し、徳川家綱が4代将軍に就任するとお玉は剃髪し、「桂昌院」と名前を変え、大奥を後にします。

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