これぞ江戸時代のシンデレラストーリー!八百屋の娘・お玉が歩んだ人生が華麗で素敵すぎ! (3/4ページ)

Japaaan

そして、綱吉が館林藩の藩主になると館林藩江戸藩邸へ住みました。

綱吉が将軍に、桂昌院は従一位に

延宝8年(1680)、藩主の母として何不自由なく暮らしていた桂昌院に思ってもいなかった転機が訪れます。それは家綱の病死でした。

家綱は後継ぎを残さないまま亡くなってしまったので、家綱の異母弟の綱吉に白羽の矢が立ちました。こうして、綱吉は5代将軍に就任し、桂昌院は「将軍の母」として絶対的な権力を得ることになります。

そして、桂昌院は元禄15年(1702)には女性の最高官位である従一位を与えられ、宝永2年(1705)に79歳で生涯を終えました。

桂昌院の陰に隠れたもう1人のシンデレラ

実は桂昌院の他にもう1人シンデレラストーリーを歩んだ人物がいました。その人物は4代将軍家綱の母・宝樹院(ほうじゅいん)です。

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