まさに残虐の権化!「大悪天皇」と呼ばれた第21代・雄略天皇による鬼畜の所業の数々が酷すぎる (3/3ページ)

Japaaan

市辺押磐皇子(いちのへのおしはのみこ)を狩りに誘い出し、猪を撃つ振りをして皇子を射殺しました。

皇子が死んでしまい、嘆き悲しんだ皇子の従者も殺害した雄略天皇は、晴れて天皇の座を得たのです。

浮気相手を始末するときも容赦がない

天皇になった雄略天皇は、百済からやってきた池津媛を妃にしようとしていました。しかし、池津媛は石河楯という人物と密通していたことが発覚。身内にさえ残虐な殺し方をする雄略天皇が、浮気など許すはずがありません。

猪狩りをする雄略天皇(Wikipediaより)

浮気を知った雄略天皇を、日本書紀では「大怒」と描写しています。よほどの怒りだったのでしょうね。

百濟・池津媛、違天皇將幸、婬於石河楯。舊本云「石河股合首祖、楯。」天皇大怒、詔大伴室屋大連、使來目部、張夫婦四支於木、置假庪上、以火燒死。

※日本書紀より

雄略天皇は大伴室屋大連という部下に命じて、2人のもとに来目部を遣わせます。池津媛と石河楯は両手足を木に縛られたうえ、床に置いて焼き殺されたのです。

このように、残虐な行いが日本書紀や古事記に書かれている雄略天皇。すべてが史実だったのかどうかはわかりません。ですが、このようなエピソードが残っていることからも、気性の激しい性格だったのでしょうね。

参考サイト

古事記、全文検索

日本書紀、全文検索

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「まさに残虐の権化!「大悪天皇」と呼ばれた第21代・雄略天皇による鬼畜の所業の数々が酷すぎる」のページです。デイリーニュースオンラインは、古代日本雄略天皇天皇古墳時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る