江戸時代のテロ未遂事件「慶安事件ー由比正雪の乱」の首謀者・由比正雪が革命へと突き進んだ理由 (2/4ページ)

Japaaan

徳川家康が祀られている久能山東照宮

しかし、この事件によって名前だけは知られている由比正雪ですが、彼がいわばこの「革命」を志すまでの経緯は、はっきり分かっていません。

その経緯は何だったのでしょうか。それを知る手掛かりは、彼の生い立ちと来歴にあります。

「非武士」から軍学者へ

もともと彼の出自は武士ではなく、駿府宮ヶ崎町の紺屋のせがれだったと言われています。農民の子だったとする説もあるようです。

正雪の生家とされる染物屋「正雪紺屋」(静岡市清水区由比地区・Wikipediaより)

伝わるところによれば、正雪は十七歳のときに江戸に上り、軍学を学びました。その師は楠不伝といわれ、名将・楠木正成の子孫とされる人物です。

「江戸時代のテロ未遂事件「慶安事件ー由比正雪の乱」の首謀者・由比正雪が革命へと突き進んだ理由」のページです。デイリーニュースオンラインは、由比正雪の乱慶安事件慶安の変江戸時代事件カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る