藤式部(まひろ)の女房生活は前途多難?大河ドラマ「光る君へ」9月1日放送の振り返り

物語を書くよう命じられ、藤壺(ふじつぼ。中宮在所)で女房勤めを始めた藤式部(とうしきぶ)こと、まひろ(紫式部。吉高由里子)。
しかし藤壺では女房たちが忙しなく働き回り、とても集中できたものではありません。
(周囲がうるさいと仕事がはかどらない気持ち、とてもよく解ります!)
藤原道長(柄本佑)の必死な引き止めも振り切って里に下ってしまい、まひろの女房勤めはたった8日で幕を下ろしたかのように見えましたが……。
一方朝廷では文政統治に限界を来たしており、全国各地で豪族たちが武力づくで所領を支配し始めます。
挙げ句の果てには寺社勢力まで武力を誇示し、興福寺の僧侶らが大挙して京都へ押し寄せて来たのでした。
NHK大河ドラマ「光る君へ」第33回放送は「式部誕生」。まひろに藤式部という女房名が与えられ、新たなステージに踏み出します。

それでは今週も、気になるトピックを振り返っていきましょう!
中宮大饗(ちゅうぐうだいきょう)とは何?
劇中で中宮大夫の藤原斉信(金田哲)が女房たちに指示していた「ちゅうぐうだいきょう」とは何でしょうか。
漢字では中宮大饗(だいきょう/おおみあえ)と書き、毎年1月2日に親王や公卿らが中宮(皇后)と春宮(東宮、皇太子)に拝謁し、もてなし(饗宴)を受ける儀式です。
中宮と春宮の二宮に拝謁するため、二宮大饗(にぐう~)とも呼ばれました。劇中では特に中宮の女房たちに対して言っているため「中宮大饗」と言っています。
実際に中宮大饗を開催できるのは中宮の後ろ盾(政治的・経済的)がしっかりしている場合に限られました。
今回の場合は中宮・藤原彰子(三上愛)の父親である道長の権勢を周囲に見せつける意図があったことは言うまでもありません。
頼りにならぬ女房たち?
引っ込み思案な女房たち。これでは先が思いやられる……(イメージ)
作中で藤原公任(町田啓太)らが彰子の女房らに不満を洩らしていましたが、これは彼女たちの人選に原因があったようです。
道長は今は亡き皇后・藤原定子(高畑充希)らの女房たちと差別化を図ろうとしました。
定子の女房らが知的&洗練をキーワードとするなら、彰子の女房らは上品&優雅。両家のお嬢様がたを選りすぐったようです。
彼女たちはよく言えば奥ゆかしく、悪く言えば引っ込み思案。上達部(かんだちめ。上級貴族)らが訪ねてきても気の利いた対応ができず、それが「頼りにならぬ」という評価につながってしまったようです。
後に職場復帰?した紫式部も、彼女たちのおっとりぶりについ苛立ってしまうのでした。
伊勢守となった平維衡とは何者?
一条天皇(塩野瑛久)の意向によって伊勢守に推挙された平維衡(たいらの これひら)。
右大臣・藤原顕光(宮川一朗太)の部下であったことから、顕光にしては珍しく強硬に推し続ける場面が印象的でした。
平維衡は伊勢国の覇権をめぐって又従兄弟の平致頼(むねより)とたびたび抗争を繰り広げ、道長はそれを理由に維衡の伊勢守任官に反対しています。
劇中で描かれた通り、伊勢守の欄は空白にされたものの、何かの「手違い」で維衡の名前が書き込まれたそうです。
絶対にわざとだろと思ってしまいますが、道長の抗議ゆえかたった2ヶ月で更迭されたのでした。ただし平維衡は後に上野介・備前守・常陸介を歴任します。
あくまで貴族たちによる文治社会体制を貫こうとする道長。しかしその理想には限界が訪れつつありました。
押し寄せてきた僧侶たち
寛弘3年(1006年)、大和国の興福寺からおよそ二千人超の僧侶たちが京都洛中へ押しかけた理由は何でしょうか。
※関連記事:
大河ドラマ「光る君へ」の物語にどう絡むのか?興福寺の僧侶・定澄(赤星昇一郎)と慶理(渡部龍平)とは何者?僧侶集団を率いていたのは別当の定澄(赤星昇一郎)と、弟子の慶理(渡部龍平)。彼らの要求は大和守・源頼親(よりちか)の解任でした。
源頼親は興福寺との所領争いを繰り広げており、業を煮やした興福寺が道長に強訴(ごうそ)したのです。
頼親は道長の側近である源頼信(よりのぶ。道長四天王の一人)の兄弟に当たり、道長としては重要な人材でした。
当然の如く道長は頼親をかばい、それが興福寺の怒りを買った結果、今回の強訴に発展します。
癖の強そうな定澄と慶理ら興福寺の僧侶たちに、道長はどう立ち向かうのでしょうか。
9月8日(日)第34回放送「目覚め」興福寺の僧らが都に押し寄せ、朝廷に要求を突きつける非常事態。道長(柄本佑)は事の収拾に奔走する。一方、まひろ(吉高由里子)は物語を書き進め、宮中の話題を集めるが、狙いである一条天皇(塩野瑛久)と中宮・彰子(見上愛)の関係は深まらない。道長が熱望する彰子の懐妊はほど遠く、さらに都で病や火事など、不吉な出来事が続いたため、道長は一世一代のある決断をする。そんな中、天皇がまひろを訪ねてきて…
※NHK大河ドラマ「光る君へ」公式サイトより。
彰子と敦康親王(池田朝陽)の絆に触発され、「光る君」の物語を書き上げたまひろ。光源氏のモデルは敦康親王、彰子は藤壺のモデルでしょうか。
しかしいざ舞い戻った藤壺では、興福寺の強訴騒ぎでてんやわんやでした。
大混乱の中でまひろは藤式部として覚醒?女房としての覚悟を決めるようです。
果たして次週は第34回放送「目覚め」どんな展開を迎えるのでしょうか。目が離せませんね!
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan