「猿」よりひどい…織田信長がつけた豊臣秀吉のあだ名、本当は「ハゲネズミ」だった!? (2/4ページ)

Japaaan

画像出典:Wikipedia「豊臣秀吉」「高台院」

しかしその後、ねねは女好きな秀吉の浮気に苦しめられることとなります。正室であるねねの他に秀吉が持った側室の人数は、淀の方などを含め15人くらいだったといわれています。

ある日ねねはたまりかね、夫の主君である信長を訪問した際に、秀吉の浮気癖のことを訴えたのでした。

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」の狂歌で知られる、短気で気性が激しい信長に相談するくらいですから、ねねが相当追い詰められていたことが伺えます。

あのハゲネズミ…

その後信長がねねに訪問に対する礼状として送った手紙の中には、このように書かれていました。

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