お酒好きの福沢諭吉、なんと少年時代から飲酒していた!お酒と縁深い諭吉の人生をたどる (2/3ページ)
たとえ同じ待でも、上位の侍と下位の侍は厳然と区別されていたという土地柄でした。それは子ども同士のつきあいまでおよんでいて、町人の街・大坂で自由な空気に親しんでいた福沢家には、到底なじめるものではありませんでした。
そのため、福沢家は中津藩の中で孤立したうえ、生活は苦しく、諭吉少年も内職に明け暮れていました。
そんな状況下で、彼は中津での将来にすっかり絶望します。また父が教養人でありながら出世できなかったという事実を知ったこともあって世の中がつまらなくなったようです。
その憂さ晴らしもあって、福沢は幼いころから酒を飲むようになったのでした。
勉学のかたわら酒びたりただ、そうした状況が一変したのは、それから二~三年後のことでした。彼が十四~十五歳のときに学問に目覚め、学問のおもろしさを知ったのです。
それだけではなく、「学問に励めば中津から脱出できる」とも考えるようになりました。ここから、教育者であり思想家でもあった福沢諭吉の人生がスタートしたのです。
とはいえ、その後も彼の酒好きは変わりませんでした。
諭吉の回顧録『福翁自伝』でも、彼は1855年に22歳で入塾した大阪・適塾で蘭学を学びながらも、とにかくお金が許す限りお酒を飲んでいたとあります。
また適塾で学んだ後、江戸で蘭学塾を開いたときも「勉学のかわたら飲むことを第一の楽しみ」としていたほどで、生涯にわたって酒を好み、また酒と縁の深い人生であったことが語られているのです。
