なんと「万葉集」にかけ算の”九九”が!奈良時代の人々は算数・数学をどれほど使いこなしていたのか (3/4ページ)
奈良時代の庶民には「九九」ができる人が多数いたのです。
当時の「九九」は、「九九八十一」からはじまり、「一一の一」で終わるというものでした。現代とは正反対ですね。
もともと、九九は冒頭が「九九」だから、「くく」と呼ぶようになったわけで、「一一の一」でスタートするようになったのは織豊時代の頃からだったようです。
万葉集にも九九が使われている!?「九九」の浸透ぶりは、かの『万葉集』にも表れています。
例えば『万葉集』では「八十一」と書いて「くく」と読ませたり、「十六」と書いて「しし」と読ませたりする歌も登場します。
また、他にも「三五月」と書いて満月と読ませる歌もあります。なぜ三五月が満月なのか、分かりますか?
その答えは陰暦十五日の月が満月(望月)だったからで、これは「三五=十五」という計算ができるからこその歌だということです。
現代と大差ない、当時の人々の時間の観念や計算能力に驚く人も多いのではないでしょうか。