「大工さん」はかつては公務員だった!古代日本の建築職人の社会的地位に関するトリビア (3/3ページ)

Japaaan

将作大匠は旧字で將作大匠と書き、宮殿や宗廟等の造営、広く土木工事に携わりました。

日本では奈良時代になると、この肩書が「大匠」から「大工」に変わります。特に、建設事業担当の役所である木工寮の技術系のトップが「大工」と呼ばれるようになりました。

上級貴族の仲間入り

平城京の造営に加え、聖武天皇による大仏の造営も大工の力によって行われています。そんなこともあってか、奈良時代の大工の地位は非常に高かったようです。

奈良の大仏

特に大仏建立に関しては、その事業に携わった者には最高の敬意が払われました。大鋳師と大工五人は、大仏完成後に従五位下にまで昇格しています。

当時の位階制度では、従五位下以上の位階は貴族とされていました。また、華族の嫡男が従五位に叙せられることから、華族の嫡男の異称としても用いられました。

つまり従五位下となった大工は、立派な上級貴族だったということです。彼らはのちに国司として赴任するくらいの高い地位に昇ったのでした。

その後、中世になると、「大工」は建設職人を束ねる立場の者に与えられる職名となりました。それが、いつしか建設に関わる職人全般を指す言葉に変わっていったのです。

参考資料:歴史の謎研究会『舞台裏から歴史を読む 雑学で日本全史』2022年、株式会社青春出版社
画像:photoAC,Wikipedia

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「「大工さん」はかつては公務員だった!古代日本の建築職人の社会的地位に関するトリビア」のページです。デイリーニュースオンラインは、奈良時代大工聖徳太子建築カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る