【光る君へ】紫式部の弟・藤原惟規、なんと実は兄だった!?系図集『尊卑分脈』の手がかりを読み解く (2/3ページ)
外祖父の官職が違う理由は?

それではさっそく『尊卑分脈』を読んでみます。
以下、『尊卑分脈』より
惟規
母 摂津守為信女
(意:母は摂津守である藤原為信の娘)
女子(紫式部)
母 右馬頭藤原為信女
(意:母は右馬頭である藤原為信の娘)
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※いずれも生年は明記されていません。
※事績に関する記述も今回は割愛しています。
この摂津守(せっつのかみ)である藤原為信と、右馬頭(うまのかみ)である藤原為信は同じ人物です。念のため。
合わせて惟規の母である為信女と、紫式部の母である藤原為信女も同一人物です。こちらも念のため。
※もちろん為信は娘のうち二人を藤原為時と結婚させた可能性も、理論上は考えられますが……今回は考えません。
果たして藤原為信女(ためのぶの娘。役名ちやは)は、惟規と紫式部のどちらを先に生んだのか……この謎を解くヒントが、外祖父である為信の官職にあります。
藤原為信は摂津守→右馬頭の順で出世?
摂津守とは、摂津国を治める国司の長官(かみ)です。