【光る君へ】ロクな未来が待ってない予感…「藤原通任(古舘佑太郎)」とはどんな人物?生涯をたどる (4/4ページ)

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しかし寛仁元年(1017年)に三条院(上皇)が崩御すると、道長は敦明親王に圧力をかけて春宮を辞退させる暴挙に出ました。

かつて三条天皇は「敦明親王を次の春宮とすること」を条件として譲位したのですが、道長はこれを反故にしたのです。

敦明親王を押しのけた次の春宮は敦良親王(あつなが)。後に即位して後朱雀天皇となりました。

このまま三条天皇一派は駆逐されるかと思いきや、さすがに周囲の反感を考慮したのか、残党らには穏当な措置を講じます。

通任は最終的に正三位・権中納言まで緩やかに昇り、後朱雀天皇の御代となっていた長暦3年(1039年)6月に66歳で薨去しました。

藤原通任の家族

藤原永頼女(イメージ)

藤原通任には妻が二人おり、正室は藤原永頼女(ながより娘)で、嫡男の藤原師成(もろなり)を生んでいます。

側室or継室には藤原尊子(そんし/たかこ)を迎えました。彼女は藤原道兼の娘で、元は一条天皇の女御となりました。

一条天皇との死別後に再婚しましたが、子供は生まれておらず、治安3年に死別しています。

嫡男の藤原師成は後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇・後三条天皇・白河天皇と五代の天皇陛下に仕え、父を超える正二位・参議まで昇りました。

その後も一族の血脈を後世に伝えています。

終わりに

今回は三条天皇の義弟である藤原通任について紹介してきました。いささか権力に驕る点は見られたものの、道長の被害者には違いありません。

果たしてNHK大河ドラマ「光る君へ」では、どのように描かれるのでしょうか。古舘佑太郎の演技に注目です!

※参考文献:

倉本一宏『三条天皇 心にもあらでうき世に長らへば』ミネルヴァ書房、2010年7月

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