僧侶が武装化!源頼朝や織田信長も恐れた権力者に屈服しない僧兵集団 「比叡山 延暦寺」【後編】 (2/3ページ)
【天文法華の乱】
延暦寺の強訴を受けた「源頼朝」(Wikipediaより)
1536年。当時京都を中心に勢力を拡大していた日蓮宗は、延暦寺と宗教問答を展開。結果的に立場を悪くした延暦寺は、日蓮宗に抗議する形で幕府に裁定を求めるも敗訴。日蓮宗撃滅の武力行使に出る。延暦寺は近隣大名の援軍を得て、京都における日蓮宗の寺社を焼き払い門徒を殺害した。
武士との対立と権威失墜
神仏を盾に強訴や武力行使など、強引な手法で独立勢力を維持し続けた延暦寺だが、武家との衝突によって弱体化したこともあった。
【足利義教による制圧】
1435年。時の室町幕府6代将軍「足利義教(あしかがよしのり)」は、比叡山の長であった人物で、将軍就任後は比叡山と対立した。延暦寺は強訴に参加しなかった園城寺を焼き討ちにしたことで義教の怒りを買い、比叡山を包囲され、結果的に4名の門徒が打ち首となった。延暦寺は抗議として比叡山に火を放ち、24人の門徒が焼身自殺した。