僧侶が武装化!源頼朝や織田信長も恐れた権力者に屈服しない僧兵集団 「比叡山 延暦寺」【後編】 (3/3ページ)

Japaaan

【織田信長の焼き討ち】

戦国末期には尾張国の大名「織田信長(おだのぶなが)」と敵対する。武装解除を拒否した結果、比叡山は焼き討ちされ、多くの僧兵や僧侶が殺害された。

その後

焼き討ちによって武力を削がれた比叡山は、信長の死後になって焼失した寺社を再建。その後は本格的な武装化はされず本来の寺社としての体裁を保った。

現代まで日本仏教の母山として仰がれ、数多くの参拝者が比叡山を訪れている。1994年にはユネスコの世界遺産に登録された。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「僧侶が武装化!源頼朝や織田信長も恐れた権力者に屈服しない僧兵集団 「比叡山 延暦寺」【後編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、延暦寺比叡山僧侶戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る