地獄太夫の再来!?明治時代に実在した遊女“幻太夫”の凄まじい成り上がり精神【前編】 (2/4ページ)

Japaaan

盛紫は妻子持ちの警察官と恋仲になり、その警察官は遊郭通いのためについに公金にまで手を出してしまいました。盛紫も借金を重ね、その返済日の前夜“品川楼”で心中してしまいます。

田鶴はあえて源氏名を“二代目盛紫”と名乗りました。盛紫の名前が心中事件で有名だからです。売れるためなら何でもやるというなんとも肝の座った女性です。

心中事件後、初代盛紫の部屋には幽霊が出るという噂が広まると、二代目盛紫は毎日その部屋へ入り、鏡に向かって何かを話しかけて礼をするようになりました。

二代目盛紫の部屋は、床の間には達磨の掛け軸をさげ、棚の上には観音菩薩像、勢至菩薩像、閻魔大王像が飾られているというなんとも異様な様相だったといいます。

観音菩薩像 勢至菩薩像 閻魔大王像

二代目盛紫の姿といえば当時は珍しかった切り下げ髪を紫縮緬で括り、うちかけの背中一面に後光を放つ阿弥陀仏像が描かれ、裾には天女が紫雲に乗る模様。

中の着物は野ざらしの髑髏と卒塔婆の模様といった出で立ちで、地獄太夫の再来と噂されるようになりました。

「地獄太夫」については以下の記事チェックしてください。

伝説の美しき遊女・地獄太夫。
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