もう我慢できない!未亡人となった兄嫁に猛烈に迫ってしまった平安貴族・藤原惟貞のエピソード【光る君へ 外伝】 (2/4ページ)

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しかし兄が長和3年(1014年)ごろに急死。死因ははっきりしないものの、三条天皇にとりこまれてしまった家司を道長が粛清したのかも知れません。

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三度にわたるアプローチ

惟貞による犯行現場(イメージ)

さて。兄を喪ってほどない長和4年(1015年)4月、内裏を退出した高子が帰宅のため牛車で鷹司小路と高倉小路のあたりにさしかかりました。

すると惟貞はこれを襲撃、たちまち牛車へ乗り込んで高子に暴行を加えます。

こんな事をすればただで済むはずもありません。惟貞はたちまち捕らわれ、道長の前に引き出されたのでした。

「そなたは極めて不都合な者である。先刻も彼女の家に押し入ったばかりか、こたび暴行に及ぶとは、はなはだ不当である」

※藤原道長『御堂関白記』より意訳。

なんと今回が初めてではなく、前から高子をつけ狙っていたというのです。

果たして道長は惟貞を土御門第の門前に晒しものとしました。

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