女は下の下なり!?幕末の新選組 副長・土方歳三の人物像に迫る知られざるエピソード (3/3ページ)

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19歳年上の長兄、為次郎は盲人だったので、当時の制度で家を継げず、次兄の喜六が土方隼人義厳(はやとよしかね)と名乗り土方家を相続します。その息子が作助で、歳三の甥となります。(※土方隼人は、土方家で代々襲名した名前のこと)

この作助、義厳が40歳の若さで病没すると、16歳の若さで家督を継ぎ「隼人」を名乗ることになります。その翌年にたねさんが嫁いできました。

晩年彼女の語ったところによると、長女のテツが生まれたときに歳三から寄越された手紙に、お祝いの言葉ではなく「女は下の下なり」と書かれていたそうです。まーなんと直接的な内容でしょうか。

しかし歳三の置かれた状況を考えると、政局も安定しない動乱のなか、実家を若くして継いだ甥っ子を心配していたのかもしれません。おたねさんには早く跡継ぎとなる男子を産んで欲しかったのでしょう。

しかし橋本家という親戚に長男が誕生した時は、京都からお祝いの小袖と自作の漢詩も送られてきたということから、よりおたねさんはショックだったようです。きっと当時としては当たり前のことで悪意はないのでしょうが、女性としてはどうしても比較してしまいますね。

いろいろなエピソードが錯綜する幕末の隊士たち。完璧な人間ではないから魅力があるのかもしれません。

参考:子孫の語る土方歳三

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