弥生時代〜古墳時代の遺物が赤く塗られていたのは何故か?〜「赤色」をめぐる古代人の精神性 (2/3ページ)

Japaaan

そうした赤い土器は遺体を納めた甕棺のそばから発見されるため、これにも同様に死者が鮮血を取り戻して、蘇ってほしいという願いが込められていたと考えられています。

吉野ヶ里歴史公園の「甕棺墓列」

また魏志倭人伝では、当時の倭人は呪術的な目的で全身を朱で塗っていたという記載があります。

古代より日本で使用された赤色顔料にはベンガラ、水銀朱、鉛丹の3種類がありますが、体に塗っていた朱は赤色顔料で、硫化水銀。丹は赤色の土のことを指します。

弥生時代から古墳時代にかけての赤色顔料としては、主に鉄を主成分とするベンガラと、水銀を含む水銀朱が知られていますが、このうち最も古くから使われていたのはベンガラです。

ちなみに北海道の約1万7千年前の遺跡からは、ベンガラが付着した台石を含む、顔料生産の関連遺物が発掘されています。

呪術でもあり美術でもある色

さらに魏志倭人伝には「日本(倭国)には丹(に)を体(顔)に塗る風習と、丹を産する山がある」ことが記されていて、当時の中国では日本で辰砂の採れることが知られていました。

赤色顔料は旧石器時代から使用されていましたが、古墳時代の人々も赤い色が持つ魔除けなどの意味や、顔料の防腐効果を期待して墓に使用していたのでしょう。

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