豊臣秀吉のようにはいかず!?戦国時代、雑兵といえど超重要な戦士だった「足軽」はどこまで出世できたのか? (1/3ページ)

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豊臣秀吉のようにはいかず!?戦国時代、雑兵といえど超重要な戦士だった「足軽」はどこまで出世できたのか?

重要だった「足軽」

武士の身分のひとつに「足軽」がありますが、もともと足軽は「よく走る者」という意味で、軽装歩兵の呼称です。戦国時代以降に組織化されました。

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江戸時代になると、足軽は諸藩の歩卒のことを指し、士分と区別され武士の屋敷で門番や雑役などをこなした最下層の武士という位置づけでした。

しかし戦国時代の足軽は、ふだんは雑役を務めつつも戦時には弓・槍・鉄砲などの部隊の兵士となる、重要な戦士だったのです。

雨中で蓑を身に着け、火縄銃の射撃姿勢をとる足軽(Wikipediaより)

足軽を日本で初めて組織したのは、かの太田道灌だと言われています。基本的には農民から募集されていましたが、合戦で武勲をあげて出世した者も少なくありませんでした。

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